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3章 死神が誘う遊園地
夢みる幸福 4
しおりを挟むホテルの上階に設けられていたのはナイトエリアを一望できるスイートルームだった。
繊細な模様に織られた絨毯、絢爛なシャンデリア、軽く腰を置いただけで深く沈んでしまう柔らかなソファ。
あたしの手や膝についた擦り傷を手当てした後、翠玉は香りの良い紅茶を淹れてくれた。 あたしはその紅茶に口をつけたくなかった。
「大丈夫ですよ」
躊躇っていると翠玉があたしの警戒心を溶かすように話しかけてくる。
「園内で配られている食事は判断力を弱める作用を含まれていますが、瑠璃さんにはそのようなものは出しません。それと必要な物があれば言って下さい。用意します」
「刃物って言ったら用意してくれるわけ?」
半分冗談つもりで言ったのに翠玉はあっさりと承諾してしまう。席を離れたかと思えばすぐに戻ってきてテーブルの上にナイフを置く。
「これでいいですか?」
あたしは翠玉に対して疑心を抱きながら頷く。
小学生くらいの背格好をした少女は背筋を伸ばしていて、話す口調も子供らしくない鉄の声色をしていた。
翠玉は桐 首の手によって作られた塊人だそうだ。モデルとなった本物の翠玉は白糸を持ち、双子の翡翠と共に現在の地獄を作っていたのだという。
本物の翠玉・翡翠の享年は11歳。成長するにつれて制御できなくなった2人を弥が魂を解体しようとした末、失敗し死亡したらしい。
「お父様は2人を失った傷を癒すために私たちを作ったと聞いています」
塊人の翠玉は桐 首をお父様と呼んでいた。
あたしは翠玉の話を聞きながらハクのほうに目を向ける。
ハクは自身の姿を全身鏡に写して白い鬼の姿を見つめる。ハクもあのミラーハウスで変なものを見せられたらしい。項垂れる背中に悲哀が漂う。
そういえば、夢園に来たのはハクの正体を聞く為だった。それも話しておかないと。
しかし、ハクは悲哀を背負ったまま、トボトボと歩いてスイートルームから出て行く。
声はかけなかった。今は独りでいたいとあの背中が語っていた。
あたしは翠玉のほうに目線を戻す。
「お父様がハザマを追放されたのは影弥と共に反乱を起こしたからです」
「かげ、ひさ」
どこかで聞いたことがあるような名前。声に出してみても思い出せない。
「昔の同胞だ。大昔に道を違えたがな」
スイートルームに入ってきたのは桐 首だった。その後ろには翠玉と瓜二つの少女が立ち、翡翠の簪をさしている。
あの子が双子の片割れね。そして、その少女の隣には光弥がいた。
「光弥?なんであなたが?」
「なんというか、成り行き?」
光弥は説明しつらそうに苦笑いを浮かべる。代わりに桐が答えた。
「彼にも話を聞いてほしくてね。同席してもらうことにした、君たちにとっても大事な話だ」
現在、そこに立つ彼は会合で会った人とは別人のようであった。胡散臭い笑顔はなく、綺麗事ばかりの言葉は一片もなかった。
「すまないが、黒蝶に侵された奴は隔離した。あれは危険だ」
カンダタのことを言っているのだと理解した。詳しく聞こうとしたけれど、やめた。あたしが知りたいのはそんなことじゃない。
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