糸と蜘蛛

犬若丸

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3章 死神が誘う遊園地

夢楽土会 1

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   頬に温かい雨粒が落ちた。重い目蓋を上げる。錆びた血の臭いが充満している。それは自身から流れる血液だった。
   項から鈍痛が伝わる。いや、伝わっていたと言うべきか。感覚すらも麻痺している。頬を伝う雫だけしか感じない。
   それは雨粒ではなく、紅柘榴の涙だと知る。なぜそんなに悲しむのか、そんなに泣いているのか、わからなかった。
   頭上には黒い蝶が舞っている。黒い蝶を引き連れた男が立っている。
   全て、この男に奪われるのか。
   思考すらも閉ざそうとしていた心は憎しみだけが抱かれていた。


   カンダタは目を覚ました。
   長椅子には光弥が横になって寝ており、いびきをかいている。昨晩は映画鑑賞をしてそのまま寝てしまった光弥につられて、カンダタの寝ていたようだ。
   死者が睡眠とはおかしな話だろうが、光弥は珍しくないと言う。生前の日常的な行動は記憶として魂に染み付いているらしい。魂のプログラムを施さない限り、食事や睡眠などの日常的な行動はやろうと思えばできると言うのだ。
   但し、睡眠欲も食欲も亡霊のカンダタには存在しないので必要のないものだ。カンダタは味覚も失われているので食事なんてものは好んでやろうとは思えない。
   カンダタは項を摩りながら鑑賞室から居間に移る。窓1つない鑑賞室とは違い、居間は大窓に囲まれているので、朝日の光が部屋に満ちている。
   「また映画?」
  瑠璃は朝食を食べながら呆れて聞く。 彼女の目線はカンダタには向けられず、朝の報道を意識していた。
   「光弥はつまらなそうにしていたよ」
   項に針を刺されているような痛みがする。
  液晶テレビでは朝の顔として男性と女性の2人組が意気揚々と天気予報を告げる。板の中の人間にも驚かなくなった。 
   随分と現代の生活に慣れてしまった。
   カンダタが生きていた頃はアスファルトとやらで舗道されておらず、ガソリンとやらで人を乗せて走る絡繰はなかった。
   何を見るにしても恐れと好奇が刺激され興奮した。その結果、瑠璃に迷惑をかけてしまったわけだが、あの興奮は抑えようにも抑えられないものだろう。
   日を重ねていくと現代文化というものを理解してきた。テレビというものには見えない電波が飛び交って映るものであり、生活を照らすのは電気というものらしい。
   昨夜も電波と電気の恩恵で映画とやらを鑑賞していたのだ。
   「あれを観ていたんだ。なんだったか、50回目の、ふぁあ、」
   観た映画の題名が思い出せない。現世に慣れたとはいえ、英語名の単語にはどことなく苦手意識があった。
   「50回目のファーストキスね。日本のリメイク版?」
   質問され、眉を寄せる。内容の意図が掴めない。
   「カンダタにはわかんないか」
   わからなくて当然と言われた気がする。
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