糸と蜘蛛

犬若丸

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3章 死神が誘う遊園地

瑠璃、幼少期 17

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   片田舎のあるアパート暮らしで母と会話をしたのは数えるほどしかない。外出禁止、シャワー禁止で、電気も点けるなと言われた。ドライブ生活よりも窮屈な暮らしだった。
   外に出られたのは彰だけであたしと母は静かにじっと動かず、時間を潰した。母は声も出すなと命じたので外出を頼みたくても頼めなかった。
   まるであたしの存在が消されているような感覚だった。
   あたしは2部屋あるうちの一室を1人で過ごした。
   母は襖で部屋を区切り、彰に寄り添う。日増しに追い詰められ気性が荒くなっていく彼を宥める為だ。
   「畜生!」
   ボロアパートに着いてから2日目のことだった。日課となっていた朝のラジオニュースで飛び込んできたのは彰の名前だった。
   たった1つの名前が追い詰められた心を逆上させた。怒りのままにラジオを鷲掴みにすると罅の入った壁に投げつけた。
   あたしはほんの少しだけ襖を開けて、2人の様子を伺う。
   「俺の名前が!特定された!お終いだ!」
   「大丈夫よ。平気だから、ね?」
   「どこが!車も俺のことも報道されたぞ!もう出よう!出るべきだ!」
   「留まるべきよ」
   宥めていた母も苛立ちが見えた。
   「場所が特定されていない。出発するにしてもあのワゴン車はもう処分したんでしょ?移動手段はどうするの?」
   これが正論だと力説してもその声色にある棘が彰を刺激する。
   「うるせぇ!元はオメェの案だろうが!オメェがなんとかしろ!」
   「計画を台無しにしているのはあなたよ。高速はやめるよう言っていたのに」
   母の溜め込んでいたストレスが制御しきれなくなっている。
   「黙れ!黙れ!」
   「大声を出さないで。聞かれたらどうするの?」
   途端、母が床に倒れた。驚きのあまり、息を飲む。
   彰が母を殴った。男性の強い拳は母の頰にめり込み、その強靭さに身体を支える力さえ奪った。
   激昂する彰は赤くなった顔で母を指差し、怒声を浴びせようとするも罵声雑言の言葉が見つからず、その代わりに右手をズボンのベルトに伸ばし、何かを取り出す仕草をする。
   絶句し、頰を張らせた母の表情が恐怖で強張っていた。それがあたしの枷を外すきっかけになった。
   堪えきれなかった。あたしの激情は2人と違い、慟哭となった。それが怒りなのか悲しみなのか区別がつかなかった。
   不自由な生活が嫌になったのか、殴られた母の痛みが子供のあたしにまで伝わったのか、孤独に押し潰されてしまいそうになったのか、あるいはそれら全ての理不尽が涙となったのか。
   名前のない感情は大粒の雫になって喚いた声は雨音を消す。
   「おいガキ!」
   甲高い子供の泣き声は彰の癪に触った。大きく足を踏み鳴らし、区分けていた襖を力いっぱい開ける。
  怒りのままに溢れた声、理不尽に伸びる腕は私の襟首を乱暴に掴み、振るう。
   「喚くな!殺すぞ!」
   慈愛になんてものは欠片も持っていなかった。自分が犯した犯罪やそれによって追い詰められた現状を泣き叫ぶあたしのせいにして、解決策にもならないのに怒りと脅しで制御しようとする。
   脅されていると理解をしていた。だからといって大波となった慟哭を鎮める術はなかった。剥き出しになった激しい殺意が更に荒波をかきたてる。
   彰が怒鳴れば怒鳴るほど、私は泣き喚いた。涙は絶え間なく流れ続け、母を求め、助けを求めて叫ぶ。その叫び声さえも言葉にすらなっていなかった。
    「お前がいなければなぁ!」
   彰が刃渡り15㎝のサバイバルナイフを振り被った。
   衝動的な殺意。彰本人でさえも止めようとはしなかった。彼は命を断つ恐ろしさやその後のことを想像しようとしない。
   目前にいる煩く鳴くそれを黙らすことしか頭にない。「殺す」よりも「壊す」といったニュアンスが合うだろう。彰はあたしを物として捉えていた。
   そうした殺意を遮ったのは母だった。彰の腕に掴まれていたあたしを攫う。
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