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3章 死神が誘う遊園地
瑠璃、幼少期 4
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喜んでくれたのはあたしが作るお菓子だった。初めて1人で作ったのはシフォンケーキで、出来栄えはお世辞でも美味しいは言えないものだった。
設定温度を間違ったせいで煤けた焦げが張りつき、泡立てが足りないメレンゲのせいで硬くてパサパサしたスポンジ、砂糖を入れすぎたクリーム。
それでも、母は「おいしい」と言ってくれた。
薄力粉に塗れたあたしの頭を撫でてくれた。父は食べてくれなかったが、構わない。
母とあたしのお菓子作りはかけがえのない時間だった。一緒に作って一緒に食べる。ホットチョコとビスケットを分けて笑い合う。
ずっと続くのだと思っていた。この時間が当たり前のものだと思っていた。
お菓子と母、甘い幸福が崩れ始めたのは9歳の頃、日本での移住が決まった時。ゆっくりと崩れていく幸福に気付けなかった。
天使のようなあたしは、一番愚かなあたしは甘い砂糖の城が崩れるなんて思わなかった。
「東京のは久しぶりね。瑠璃も行ったことがあるのよ」
「泣いたら置いて行くからな」
日本に来たあたしたち家族が最初に訪れたのは東京のディズニーリゾートだった。
ディズニー好きの父は母を連れて各国のディズニーリゾートに遊びに行っていたらしいが、あたしが生まれてからはなくなったらしい。
ディズニーランドパリにはよく行っていたけれど、国境を越えるとなると日帰りでは難しい。自宅でさえ私の存在を嫌う父が常に密接して行動する旅行はできなかった。
だからこそ、父が二泊三日のディズニーリゾート旅行に連れて行くことを許したのは意外だった。
「迷子になっても探さないからな。自力でなんとかしろ」
現地に着いてもあたしに対する父の態度が変わらない。感情のない冷たい言葉で私を刺してくる。
「あら、瑠璃はしっかりしているのよ。日本語だって私より上手だもんね」
「エマは覚えなくていい」
母は娘の手を握る。あたしも放さなまいと強く握り返した。休日のリゾートは人が多い。母と離れたりしたら一大事だ。
しかも、父はあたしを置いていくと言う。あたしはダッフィーを小脇に抱えて、母にくっつく。そして、夢のゲートを潜った。
現実と夢の境界線。ゲートを越えれば現実を忘れ、 目前に広がる世界に目が眩んだ。軽快な音楽、日本とは思えない海外の建築物、作り込まれた世界観。子供のあたしも、父母も虜にされるのは一瞬だった。
不機嫌だった父もそのことすら忘れて楽しんでいた。
生まれて初めて乗った絶叫系のアトラクションがタワー・オブ・テラーのせいで強烈な記憶が植え付けられた。
「もう一回乗りたいって言ったら反対する?」
あたしと違って母は急上昇・急降下を高速で繰り返す乗り物を気に入ったのかそんなことを言い出した。
「ダメ!絶対ダメ!」
必死の拒否を示し、父も力強く首を振る。
「ほんの冗談よ。次はセンター・オブ・ジ・アースがいいのわね」
「休ませてくれ」
「シェリーメイは?」
あたしと父はいつも意見が合わない。父が休みたいと願うとあたしは熊のシェリー・メイに会いたいと申し出る。もともと、タワー・オブ・テラーの後はシェリーメイと写真を撮る予定だったのだ。
あたしは母の腕にしがみついて父を睨む。譲れない意思がそこにあったけれど、文句を言う勇気はなかった。
「わかってるわ。写真撮影に行ってくるから休んでて」
父はつまらなそうに鼻を鳴らしていたのに対してあたしは顔いっぱい笑みを浮かべた。この時の為に持ってきたダッフィーのぬいぐるみを抱きしめてスキップで小さな漁村のエリアに向かう。
設定温度を間違ったせいで煤けた焦げが張りつき、泡立てが足りないメレンゲのせいで硬くてパサパサしたスポンジ、砂糖を入れすぎたクリーム。
それでも、母は「おいしい」と言ってくれた。
薄力粉に塗れたあたしの頭を撫でてくれた。父は食べてくれなかったが、構わない。
母とあたしのお菓子作りはかけがえのない時間だった。一緒に作って一緒に食べる。ホットチョコとビスケットを分けて笑い合う。
ずっと続くのだと思っていた。この時間が当たり前のものだと思っていた。
お菓子と母、甘い幸福が崩れ始めたのは9歳の頃、日本での移住が決まった時。ゆっくりと崩れていく幸福に気付けなかった。
天使のようなあたしは、一番愚かなあたしは甘い砂糖の城が崩れるなんて思わなかった。
「東京のは久しぶりね。瑠璃も行ったことがあるのよ」
「泣いたら置いて行くからな」
日本に来たあたしたち家族が最初に訪れたのは東京のディズニーリゾートだった。
ディズニー好きの父は母を連れて各国のディズニーリゾートに遊びに行っていたらしいが、あたしが生まれてからはなくなったらしい。
ディズニーランドパリにはよく行っていたけれど、国境を越えるとなると日帰りでは難しい。自宅でさえ私の存在を嫌う父が常に密接して行動する旅行はできなかった。
だからこそ、父が二泊三日のディズニーリゾート旅行に連れて行くことを許したのは意外だった。
「迷子になっても探さないからな。自力でなんとかしろ」
現地に着いてもあたしに対する父の態度が変わらない。感情のない冷たい言葉で私を刺してくる。
「あら、瑠璃はしっかりしているのよ。日本語だって私より上手だもんね」
「エマは覚えなくていい」
母は娘の手を握る。あたしも放さなまいと強く握り返した。休日のリゾートは人が多い。母と離れたりしたら一大事だ。
しかも、父はあたしを置いていくと言う。あたしはダッフィーを小脇に抱えて、母にくっつく。そして、夢のゲートを潜った。
現実と夢の境界線。ゲートを越えれば現実を忘れ、 目前に広がる世界に目が眩んだ。軽快な音楽、日本とは思えない海外の建築物、作り込まれた世界観。子供のあたしも、父母も虜にされるのは一瞬だった。
不機嫌だった父もそのことすら忘れて楽しんでいた。
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「もう一回乗りたいって言ったら反対する?」
あたしと違って母は急上昇・急降下を高速で繰り返す乗り物を気に入ったのかそんなことを言い出した。
「ダメ!絶対ダメ!」
必死の拒否を示し、父も力強く首を振る。
「ほんの冗談よ。次はセンター・オブ・ジ・アースがいいのわね」
「休ませてくれ」
「シェリーメイは?」
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あたしは母の腕にしがみついて父を睨む。譲れない意思がそこにあったけれど、文句を言う勇気はなかった。
「わかってるわ。写真撮影に行ってくるから休んでて」
父はつまらなそうに鼻を鳴らしていたのに対してあたしは顔いっぱい笑みを浮かべた。この時の為に持ってきたダッフィーのぬいぐるみを抱きしめてスキップで小さな漁村のエリアに向かう。
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