221 / 618
3章 死神が誘う遊園地
瑠璃、幼少期 4
しおりを挟む
喜んでくれたのはあたしが作るお菓子だった。初めて1人で作ったのはシフォンケーキで、出来栄えはお世辞でも美味しいは言えないものだった。
設定温度を間違ったせいで煤けた焦げが張りつき、泡立てが足りないメレンゲのせいで硬くてパサパサしたスポンジ、砂糖を入れすぎたクリーム。
それでも、母は「おいしい」と言ってくれた。
薄力粉に塗れたあたしの頭を撫でてくれた。父は食べてくれなかったが、構わない。
母とあたしのお菓子作りはかけがえのない時間だった。一緒に作って一緒に食べる。ホットチョコとビスケットを分けて笑い合う。
ずっと続くのだと思っていた。この時間が当たり前のものだと思っていた。
お菓子と母、甘い幸福が崩れ始めたのは9歳の頃、日本での移住が決まった時。ゆっくりと崩れていく幸福に気付けなかった。
天使のようなあたしは、一番愚かなあたしは甘い砂糖の城が崩れるなんて思わなかった。
「東京のは久しぶりね。瑠璃も行ったことがあるのよ」
「泣いたら置いて行くからな」
日本に来たあたしたち家族が最初に訪れたのは東京のディズニーリゾートだった。
ディズニー好きの父は母を連れて各国のディズニーリゾートに遊びに行っていたらしいが、あたしが生まれてからはなくなったらしい。
ディズニーランドパリにはよく行っていたけれど、国境を越えるとなると日帰りでは難しい。自宅でさえ私の存在を嫌う父が常に密接して行動する旅行はできなかった。
だからこそ、父が二泊三日のディズニーリゾート旅行に連れて行くことを許したのは意外だった。
「迷子になっても探さないからな。自力でなんとかしろ」
現地に着いてもあたしに対する父の態度が変わらない。感情のない冷たい言葉で私を刺してくる。
「あら、瑠璃はしっかりしているのよ。日本語だって私より上手だもんね」
「エマは覚えなくていい」
母は娘の手を握る。あたしも放さなまいと強く握り返した。休日のリゾートは人が多い。母と離れたりしたら一大事だ。
しかも、父はあたしを置いていくと言う。あたしはダッフィーを小脇に抱えて、母にくっつく。そして、夢のゲートを潜った。
現実と夢の境界線。ゲートを越えれば現実を忘れ、 目前に広がる世界に目が眩んだ。軽快な音楽、日本とは思えない海外の建築物、作り込まれた世界観。子供のあたしも、父母も虜にされるのは一瞬だった。
不機嫌だった父もそのことすら忘れて楽しんでいた。
生まれて初めて乗った絶叫系のアトラクションがタワー・オブ・テラーのせいで強烈な記憶が植え付けられた。
「もう一回乗りたいって言ったら反対する?」
あたしと違って母は急上昇・急降下を高速で繰り返す乗り物を気に入ったのかそんなことを言い出した。
「ダメ!絶対ダメ!」
必死の拒否を示し、父も力強く首を振る。
「ほんの冗談よ。次はセンター・オブ・ジ・アースがいいのわね」
「休ませてくれ」
「シェリーメイは?」
あたしと父はいつも意見が合わない。父が休みたいと願うとあたしは熊のシェリー・メイに会いたいと申し出る。もともと、タワー・オブ・テラーの後はシェリーメイと写真を撮る予定だったのだ。
あたしは母の腕にしがみついて父を睨む。譲れない意思がそこにあったけれど、文句を言う勇気はなかった。
「わかってるわ。写真撮影に行ってくるから休んでて」
父はつまらなそうに鼻を鳴らしていたのに対してあたしは顔いっぱい笑みを浮かべた。この時の為に持ってきたダッフィーのぬいぐるみを抱きしめてスキップで小さな漁村のエリアに向かう。
設定温度を間違ったせいで煤けた焦げが張りつき、泡立てが足りないメレンゲのせいで硬くてパサパサしたスポンジ、砂糖を入れすぎたクリーム。
それでも、母は「おいしい」と言ってくれた。
薄力粉に塗れたあたしの頭を撫でてくれた。父は食べてくれなかったが、構わない。
母とあたしのお菓子作りはかけがえのない時間だった。一緒に作って一緒に食べる。ホットチョコとビスケットを分けて笑い合う。
ずっと続くのだと思っていた。この時間が当たり前のものだと思っていた。
お菓子と母、甘い幸福が崩れ始めたのは9歳の頃、日本での移住が決まった時。ゆっくりと崩れていく幸福に気付けなかった。
天使のようなあたしは、一番愚かなあたしは甘い砂糖の城が崩れるなんて思わなかった。
「東京のは久しぶりね。瑠璃も行ったことがあるのよ」
「泣いたら置いて行くからな」
日本に来たあたしたち家族が最初に訪れたのは東京のディズニーリゾートだった。
ディズニー好きの父は母を連れて各国のディズニーリゾートに遊びに行っていたらしいが、あたしが生まれてからはなくなったらしい。
ディズニーランドパリにはよく行っていたけれど、国境を越えるとなると日帰りでは難しい。自宅でさえ私の存在を嫌う父が常に密接して行動する旅行はできなかった。
だからこそ、父が二泊三日のディズニーリゾート旅行に連れて行くことを許したのは意外だった。
「迷子になっても探さないからな。自力でなんとかしろ」
現地に着いてもあたしに対する父の態度が変わらない。感情のない冷たい言葉で私を刺してくる。
「あら、瑠璃はしっかりしているのよ。日本語だって私より上手だもんね」
「エマは覚えなくていい」
母は娘の手を握る。あたしも放さなまいと強く握り返した。休日のリゾートは人が多い。母と離れたりしたら一大事だ。
しかも、父はあたしを置いていくと言う。あたしはダッフィーを小脇に抱えて、母にくっつく。そして、夢のゲートを潜った。
現実と夢の境界線。ゲートを越えれば現実を忘れ、 目前に広がる世界に目が眩んだ。軽快な音楽、日本とは思えない海外の建築物、作り込まれた世界観。子供のあたしも、父母も虜にされるのは一瞬だった。
不機嫌だった父もそのことすら忘れて楽しんでいた。
生まれて初めて乗った絶叫系のアトラクションがタワー・オブ・テラーのせいで強烈な記憶が植え付けられた。
「もう一回乗りたいって言ったら反対する?」
あたしと違って母は急上昇・急降下を高速で繰り返す乗り物を気に入ったのかそんなことを言い出した。
「ダメ!絶対ダメ!」
必死の拒否を示し、父も力強く首を振る。
「ほんの冗談よ。次はセンター・オブ・ジ・アースがいいのわね」
「休ませてくれ」
「シェリーメイは?」
あたしと父はいつも意見が合わない。父が休みたいと願うとあたしは熊のシェリー・メイに会いたいと申し出る。もともと、タワー・オブ・テラーの後はシェリーメイと写真を撮る予定だったのだ。
あたしは母の腕にしがみついて父を睨む。譲れない意思がそこにあったけれど、文句を言う勇気はなかった。
「わかってるわ。写真撮影に行ってくるから休んでて」
父はつまらなそうに鼻を鳴らしていたのに対してあたしは顔いっぱい笑みを浮かべた。この時の為に持ってきたダッフィーのぬいぐるみを抱きしめてスキップで小さな漁村のエリアに向かう。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
とあるおっさんのVRMMO活動記
椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。
念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。
戦闘は生々しい表現も含みます。
のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。
また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり
一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が
お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。
また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や
無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が
テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという
事もございません。
また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。
律と欲望の夜
冷泉 伽夜
大衆娯楽
アフターなし。枕なし。顔出しなしのナンバーワンホスト、律。
有名だが謎の多いホストの正体は、デリヘル会社の社長だった。
それは女性を喜ばせる天使か、女性をこき使う悪魔か――。
確かなことは
二足のわらじで、どんな人間も受け入れている、ということだ。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

第3次パワフル転生野球大戦ACE
青空顎門
ファンタジー
宇宙の崩壊と共に、別宇宙の神々によって魂の選別(ドラフト)が行われた。
野球ゲームの育成モードで遊ぶことしか趣味がなかった底辺労働者の男は、野球によって世界の覇権が決定される宇宙へと記憶を保ったまま転生させられる。
その宇宙の神は、自分の趣味を優先して伝説的大リーガーの魂をかき集めた後で、国家間のバランスが完全崩壊する未来しかないことに気づいて焦っていた。野球狂いのその神は、世界の均衡を保つため、ステータスのマニュアル操作などの特典を主人公に与えて送り出したのだが……。
果たして運動不足の野球ゲーマーは、マニュアル育成の力で世界最強のベースボールチームに打ち勝つことができるのか!?
※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる