211 / 620
3章 死神が誘う遊園地
カンダタ、生前 9
しおりを挟む
妖女だ、惚れたら終わりだ、とか。最後は食われるぞ、と聞かせていたが、なんの障害もなく、人食い塀を登り超えてしまった。久々に外の空気を吸う。
花々に囲まれた季節外れ空間にいたせいか、秋の風がひどく冷たく感じた。
薄い単衣一枚では冬は越せない。本来なら冬支度をして、襤褸を纏い厳しい冬を凌いでいた。
持ってきてしまった赤い珠玉を懐に仕舞う。冷え切った指先を吐息で温めるもその温度はすぐに奪われる。幾度か人食い塀の方を振り向いたが、物言わぬ古びた壁は淡々と紅柘榴の存在を隠す。
沈黙した塀は「彼女は幻だったのだ」と無言で告げている。
そんなはずはないのだ。赤い珠玉は歩く度に揺れている。
そして、俺も生きている。死にかけだった俺が今こうして2本の脚を使い、雑木林を掻き分けている。
いや、むしろ幻だと思い込んでしまおうか。赤い珠玉を売り払い、紅柘榴の記憶を失くしてしまえばいい。
そうだ、前向きに考えよう。こんなに立派な珠玉を手に入れたのだ。これがあれば厚手の半纏が買える。冬の間、震えてなくて済む。
冬の間だけではない。当分、飯には困らない。飢えに苦しまなくていい。
そうだ、そうしよう。そうと決まればこれを売りつけて。
待てよ、と。俺は馴染みの質屋を前にして躊躇う。
赤い珠玉を手放せば紅柘榴と過ごした夢の証が消えてしまう。俺は自らの幸を捨てようとしている。
それがどうしたと言うのだ。あれは夢だったのだ。夢を持ってても腹は膨れない。
「よう、赤眼。久々だな」
せせら笑いながら話しかけてきたのは質屋の老爺だった。
「今度こそ、くたばったかと思ったんだがな」
俺が斬り捨てられた話はすでにに広がっているようで、質屋の老爺はそれを笑っている。
「で、何を盗んだ?」
この老爺は俺より勝っているのだと思っている。自分には店があり、食うに困らない。俺がいくら盗みを働いても自分が座る上座には届かないのだと勘違いしている。俺がその気になれば老爺の関節を外し、首を折れるとも知らずに。
「なんもねぇ」
低く重い声を発し、質屋を去る。
「お?収穫なしかい?もうすぐ雪が降るぞ?今年の冬はどうするんだ?え?凍え死ぬか?」
去っていく俺の背中にしつこく嫌味を送る。
呆けた老爺の独り言だ。気にするな。
俺は足を進める。
結局、赤い珠玉を売れなかった。未だに紅柘榴との繋がりを求めている。
懐が重くなっていてもそれで飯が食えなければ立派な珠玉も石ころと変わりない。
繋がりを捨てるか云々よりもまず、懐よりも軽くなった空きっ腹をどうにかするべきだろう。
港の市がまだ閉じていないはずだ。そこで菜饅頭でもくすねて隠れ処へ行こう。
目立つ赤眼を前髪で隠し、潮風が吹く海に足を進める。あそこは俺の住処にも近いのだ。
花々に囲まれた季節外れ空間にいたせいか、秋の風がひどく冷たく感じた。
薄い単衣一枚では冬は越せない。本来なら冬支度をして、襤褸を纏い厳しい冬を凌いでいた。
持ってきてしまった赤い珠玉を懐に仕舞う。冷え切った指先を吐息で温めるもその温度はすぐに奪われる。幾度か人食い塀の方を振り向いたが、物言わぬ古びた壁は淡々と紅柘榴の存在を隠す。
沈黙した塀は「彼女は幻だったのだ」と無言で告げている。
そんなはずはないのだ。赤い珠玉は歩く度に揺れている。
そして、俺も生きている。死にかけだった俺が今こうして2本の脚を使い、雑木林を掻き分けている。
いや、むしろ幻だと思い込んでしまおうか。赤い珠玉を売り払い、紅柘榴の記憶を失くしてしまえばいい。
そうだ、前向きに考えよう。こんなに立派な珠玉を手に入れたのだ。これがあれば厚手の半纏が買える。冬の間、震えてなくて済む。
冬の間だけではない。当分、飯には困らない。飢えに苦しまなくていい。
そうだ、そうしよう。そうと決まればこれを売りつけて。
待てよ、と。俺は馴染みの質屋を前にして躊躇う。
赤い珠玉を手放せば紅柘榴と過ごした夢の証が消えてしまう。俺は自らの幸を捨てようとしている。
それがどうしたと言うのだ。あれは夢だったのだ。夢を持ってても腹は膨れない。
「よう、赤眼。久々だな」
せせら笑いながら話しかけてきたのは質屋の老爺だった。
「今度こそ、くたばったかと思ったんだがな」
俺が斬り捨てられた話はすでにに広がっているようで、質屋の老爺はそれを笑っている。
「で、何を盗んだ?」
この老爺は俺より勝っているのだと思っている。自分には店があり、食うに困らない。俺がいくら盗みを働いても自分が座る上座には届かないのだと勘違いしている。俺がその気になれば老爺の関節を外し、首を折れるとも知らずに。
「なんもねぇ」
低く重い声を発し、質屋を去る。
「お?収穫なしかい?もうすぐ雪が降るぞ?今年の冬はどうするんだ?え?凍え死ぬか?」
去っていく俺の背中にしつこく嫌味を送る。
呆けた老爺の独り言だ。気にするな。
俺は足を進める。
結局、赤い珠玉を売れなかった。未だに紅柘榴との繋がりを求めている。
懐が重くなっていてもそれで飯が食えなければ立派な珠玉も石ころと変わりない。
繋がりを捨てるか云々よりもまず、懐よりも軽くなった空きっ腹をどうにかするべきだろう。
港の市がまだ閉じていないはずだ。そこで菜饅頭でもくすねて隠れ処へ行こう。
目立つ赤眼を前髪で隠し、潮風が吹く海に足を進める。あそこは俺の住処にも近いのだ。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もふもふと一緒に過ごすスローライフ
みなと劉
ファンタジー
この物語は、穏やかな日常の中で繰り広げられる、ある青年とその愛らしい仲間、もふもふとのスローライフを描いています。
日々の小さな喜びや、何気ない時間を共に過ごすことの大切さを感じながら、二人はゆったりとした時間を楽しみます。
特別な冒険や大きな出来事はないけれど、心温まる瞬間がそこかしこに広がる、静かな世界の物語です。
家を出れば、風の音や木々の揺れ、散歩途中の風景が心を癒し、帰ればもふもふのぬくもりが待っています。
そんな日々を共に過ごすことで、心の中に少しずつ大きな幸せが育っていく…そんな、ゆるやかな物語が今、始まります。
中途半端なソウルスティール受けたけど質問ある?
ミクリヤミナミ
ファンタジー
仮想空間で活動する4人のお話です。
1.カールの譚
王都で生活する鍛冶屋のカールは、その腕を見込まれて王宮騎士団の魔王討伐への同行を要請されます。騎士団嫌いの彼は全く乗り気ではありませんがSランク冒険者の3人に説得され嫌々魔王が住む魔都へ向かいます。
2.サトシの譚
現代日本から転生してきたサトシは、ゴブリンの群れに襲われて家族を奪われますが、カール達と出会い力をつけてゆきます。
3.生方蒼甫の譚
研究者の生方蒼甫は脳科学研究の為に実験体であるサトシをVRMMORPG内に放流し観察しようとしますがうまく観察できません。仕方がないので自分もVRMMORPGの中に入る事にしますが……
4.魔王(フリードリヒ)の譚
西方に住む「魔王」はカール達を自領の「クレータ街」に連れてくることに成功しますが、数百年ぶりに天使の襲撃を2度も目撃します。2度目の襲撃を退けたサトシとルークスに興味を持ちますが……
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる