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3章 死神が誘う遊園地
カンダタ、生前 4
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家なし暮らしの俺にとって寝床といえば、小石がばら撒いてある硬い地面か寝返りをうてない木の上か、だ。そうした睡眠を長い間続けてきたせいか柔らかい布団の感触に違和感を覚えた。
寝ぼけ眼であたりを見渡す。俺は囲炉裏の近くに寝かされていた。火は消えているが、昼の日差しが縁側から伸びて暖かい。
自身に覆い被さる重い布団を邪険にして退かそうとする。すると、背中から伝達される痛みが俺の動きを封じた。
身体に目線を落とすと背中を隠すように巻かれた白布と股引きしか身に付けていない。どちらも俺のものではない。鼻をつくこのに臭いはきっと薬草だろう。
思考が麻痺して頭がぐらつく。縁側から吹くそよ風は涼しいのに俺の内側は非常に熱い。
熱でもあるのだろうか?そもそも、ここはどこだ?
「あら、やっと起きたのね」
自身の身体ばかりを気にしていたせいでそこに人の気配に気付けなかった。
縁側に目線を向けるとそこに大きな桶を持つ女性が立っていた。花丸文の赤い着物で濡烏色の髪が日の光によって煌めく。俺に向けた笑顔は暖かさがあった。桶の中には見覚えのある黒地の布。俺が着ていた単衣だ。
「ずいぶん汚れていたから洗ったの。ところどころ穴も空いているからあとで縫っておくね」
俺の狼狽をよそに彼女は呑気に喋る。
「ずっと寝ていたのよ。三晩も」
「誰だ」
「誰って名乗ったじゃない。そうそう熱は?傷はまだ痛む?」
桶を置いてこちらに向かってくる。速い歩調だったので、俺の本能はこれを脅威として捉えた。
身体の痛みを無視して上半身を起こす。立ち上がれなかったのは、困惑した状況にすっかり腰が抜けてしまったからだ。俺は床にお尻をついたまま後退りをして、向かってくる脅威から逃れようとした。
熱に侵され、混乱した頭は背後に囲炉裏があるのを忘れ、見事に落ちる。
「大丈夫?なんで逃げるのよ」
腰抜けで間抜けな俺は鼻口から吸い込まれた灰のせいで咳き込む。露出された肌や無造作に撥ねる髪に灰が被る。
「起き上がれる?」
囲炉裏の上で彼女は眉を寄せ、俺に手を伸ばす。
「触るな」
咄嗟に出た言葉は彼女をひどく傷つけた。俺に伸ばした手を引っ込めて顔を俯かせる。今にも泣きそうな顔に罪悪感が湧く。
「お前は、誰だ?」
熱と痛みを堪えて質問を投げる。頭がぐらつき、呼吸が荒くなる。囲炉裏から出るべきだったが、切羽詰まった俺にはそれすらも忘れていた。
「何も、覚えていないの?」
顔は俯いたままだったが、黒い瞳は上目で聞いてくる。
「なんのことだ。ここはどこだ?なんで俺はここで寝ている?」
「あそこの庭で倒れていたのよ。それを私が運んで介抱したの」
彼女が指差した庭にはいくつもの花草が生えていた。満開の梅花、背の高い赤紫の葛の花、朝でもないのに池咲く蓮。他にも秋の季節に関係ない花々と草がその庭で自由気ままに咲いて秋風に揺れている。
「なんで花が」
「ここの土は外とは違うから」
俺の言葉が途絶えても彼女は意図を汲み取り答えた。それでも説明が難しいのだろう。困ったように首を捻る。
俺は多種多様な花の庭に目を奪われていた。時の流れを超えた神秘的な風景に心を惹かれていったというより、人智を超えた妖麗な風景を恐れていた
寝ぼけ眼であたりを見渡す。俺は囲炉裏の近くに寝かされていた。火は消えているが、昼の日差しが縁側から伸びて暖かい。
自身に覆い被さる重い布団を邪険にして退かそうとする。すると、背中から伝達される痛みが俺の動きを封じた。
身体に目線を落とすと背中を隠すように巻かれた白布と股引きしか身に付けていない。どちらも俺のものではない。鼻をつくこのに臭いはきっと薬草だろう。
思考が麻痺して頭がぐらつく。縁側から吹くそよ風は涼しいのに俺の内側は非常に熱い。
熱でもあるのだろうか?そもそも、ここはどこだ?
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自身の身体ばかりを気にしていたせいでそこに人の気配に気付けなかった。
縁側に目線を向けるとそこに大きな桶を持つ女性が立っていた。花丸文の赤い着物で濡烏色の髪が日の光によって煌めく。俺に向けた笑顔は暖かさがあった。桶の中には見覚えのある黒地の布。俺が着ていた単衣だ。
「ずいぶん汚れていたから洗ったの。ところどころ穴も空いているからあとで縫っておくね」
俺の狼狽をよそに彼女は呑気に喋る。
「ずっと寝ていたのよ。三晩も」
「誰だ」
「誰って名乗ったじゃない。そうそう熱は?傷はまだ痛む?」
桶を置いてこちらに向かってくる。速い歩調だったので、俺の本能はこれを脅威として捉えた。
身体の痛みを無視して上半身を起こす。立ち上がれなかったのは、困惑した状況にすっかり腰が抜けてしまったからだ。俺は床にお尻をついたまま後退りをして、向かってくる脅威から逃れようとした。
熱に侵され、混乱した頭は背後に囲炉裏があるのを忘れ、見事に落ちる。
「大丈夫?なんで逃げるのよ」
腰抜けで間抜けな俺は鼻口から吸い込まれた灰のせいで咳き込む。露出された肌や無造作に撥ねる髪に灰が被る。
「起き上がれる?」
囲炉裏の上で彼女は眉を寄せ、俺に手を伸ばす。
「触るな」
咄嗟に出た言葉は彼女をひどく傷つけた。俺に伸ばした手を引っ込めて顔を俯かせる。今にも泣きそうな顔に罪悪感が湧く。
「お前は、誰だ?」
熱と痛みを堪えて質問を投げる。頭がぐらつき、呼吸が荒くなる。囲炉裏から出るべきだったが、切羽詰まった俺にはそれすらも忘れていた。
「何も、覚えていないの?」
顔は俯いたままだったが、黒い瞳は上目で聞いてくる。
「なんのことだ。ここはどこだ?なんで俺はここで寝ている?」
「あそこの庭で倒れていたのよ。それを私が運んで介抱したの」
彼女が指差した庭にはいくつもの花草が生えていた。満開の梅花、背の高い赤紫の葛の花、朝でもないのに池咲く蓮。他にも秋の季節に関係ない花々と草がその庭で自由気ままに咲いて秋風に揺れている。
「なんで花が」
「ここの土は外とは違うから」
俺の言葉が途絶えても彼女は意図を汲み取り答えた。それでも説明が難しいのだろう。困ったように首を捻る。
俺は多種多様な花の庭に目を奪われていた。時の流れを超えた神秘的な風景に心を惹かれていったというより、人智を超えた妖麗な風景を恐れていた
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