糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
上 下
200 / 574
2章 ヒーロー活劇を望む復讐者

梅雨明け 1

しおりを挟む
   あの結末で、最も意外で最も藤井  涼らしかったのは1年生の演劇部員4人が生存していたことだった。
   4人はステージの幕裏で多くの死体と共に眠っていた。もうすぐ目が覚めることでしょうね。
   彼が遂げたかったのはいじめによる悪循環の根絶だとあたしは解釈している。
   叩けば歪むのが人の心だと言うのなら歪んだ心は別の心を歪ませる。彼が生かした4人の1年生はその循環の外にいた。藤井  涼はすみれよりも人らしい化け物だったと思う。
   でも、心が歪んで生まれるのがいじめなら、それの根絶を叶えるには人類の滅亡分しかないとあたしは考えている。
   「学校に戻るのなら帰らなくてもよかっただろう」
   朝7時の廊下をあたしは私服姿で歩き、カンダタは不満を漏らす。ハクも同意のようで面倒くさそうに欠伸をした。
   「あなたたちはいいわよね。実態を持たないから服が汚れることもないし、シャワーにも入らなくていい」
   制服は2着持っていたけれど、1着目は泥だらけでクリーニングに出してしまい、2着目は擦れてよれて穴が空いた。これも白糸で直せそうだけれど惜しくもその時間がない。
   不服にもあたしは私服で学校に来てしまった。ジャージを着るよりは私服のほうがマシだもの。
   「そもそも、本当にいるのか?根拠は?」
   カンダタの不満は相当なもののようで珍しくも苛立った声色をしている。それに対してあたしは一言。
   「勘よ」
   ただの直感で自信満々に言うものだからカンダタは呆れて何も言えなくなる。
   あたしたちが来たのはカウンセリングの教室で、ノックなしでドアを開ける。
   ほら、やっぱりね。あたしの勘は当たるのよ。
   口には出さなかったけれど勝ち誇った笑みが現れる。
   「待っていたよ。紅茶を淹れよう。2人分でいいのかな?それとも1人?」
   湯を沸かした蝶男がティーカップを取り出して話しかける。彼の腕でケイに斬られたままその右腕を失っていた。
   後ろにいるカンダタに憎悪が満ちていくのを肌で感じるも表情は崩さなかった。
   「遠慮しておくわ。また血反吐を出したくないもの。それよりもお話をしましょう。教えて欲しいことがたくさんあるの」
   「それなら紅茶が必要になる。長くなりそうだからね」
   蝶男は2つのティーカップを机に置いて座るとあたしも正面に座る。カンダタ、ハクはあたしの後ろに立ち、蝶男を睨む。
  「さて、何から教えて欲しいのかな」
   「あたしに飲ませたものは何?」 
   自分に出された紅茶を指差して言う。
   これを飲んですぐに吐いたのに対処法の効果はなく、血を吐いて倒れた。睡眠薬といった類の従来の薬じゃない。
   蝶男はポケットから小瓶を出すと机に置く。それは黒いウジ虫が蠢く、見ているだけで食欲が削られる気色悪い小瓶だった。
   「黒蝶の幼虫だ。もうこれしか残っていない。これが入った紅茶を4人に飲ませたんだ。藤井  涼、桜尾  すみれ、岡本  清音、そして君だ」
   毒虫入り紅茶を飲んだ。その事実があたしの胃を絞め付けた。
   「黒蝶について光弥からどこまで聞いた?」
   「あんたが化け物だってこと」
   いちいち説明するのが面倒なので簡潔に15文字以内で収めた。蝶男は乾いた笑い声をあげて説明する。
   「黒蝶の親、つまり僕の事なんだが。存在し続けるには燃料が必要でね。焚き火も薪がないと消えてしまうからね。僕には薪を作る生産場が欲しかったんだ。昔は2つあったんだが、どちらも今は使えなくなってね」
   そう言いながらカンダタを見る。カンダタが壊れた生産場ってわけね。きっとあたしが黒い糸を切ったから思うように動かなくなった。だからといって   カンダタから黒蝶がいなくはなったわけじゃない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...