糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
上 下
177 / 574
2章 ヒーロー活劇を望む復讐者

時計草 9

しおりを挟む
   大量の蔦とすみれ先輩は一体となって、彼女が前進を望めば渦を巻く蔦もすみれ先輩を持ち上げたまま、ステージ台を降りて私たちに向かってくる。
   「出口に迎え。走れ」
   「ケイは?」
   「あれを斬る」
   断然とした態度で言うものだから私は更に戸惑う。
   蔦の成長は止まらず、壁や天井にまで張って伸び、私たちを囲もうとしていた。すみれ先輩を持ち上げる蔦の束は一本の蔦となり、スカートの裾から生える花弁は彼女を花芯にして、天井を埋める。巨大なパッションフラワーが私たちの頭上に咲いた。
   すみれ先輩だったもの。最早、人とは呼べない。叫んでで開いた口内からは葉や花弁が湧いて出る。
   「ひ、1人は嫌」
   昨日から植えられた恐怖が延長戦に伸びて、私を縛る。
   私単体では動けない。逃げれない。誰かと一緒じゃないと。
   刀を構えるケイに私は裾を引っ張り、共に逃げるように促す。
   「走れ、1人でも平気だ」
   「お願いよ!こんなところで1人になりたくない!」
   「なんで来た」
   成長する蔦は私たちを囲む。背後にある戸は走れば3秒で届く距離にある。その短い逃げ道でさえ、塞がろうとしていた。
  状況が読めていないわけじゃない。ケイはこの怪異を抹消する責務がある。それをわかっていても私にはケイが必要だった。 今でさえ、足がガタガタ笑って私の意思を聞かない。
   ケイも叱責したくもなる。こうなることは予測できたはずなのに、私の覚悟が足りないばかりに白い刃も思うように振るえない。
   「きいよおねええ」
   壊れたすみれ先輩の脳は苦痛よりも快楽を味わっていた。伸びて呼んだ私の名前は溶けた甘い愉悦に浸っている。
   「わた、わた、わたしはわるくうな、ないよねえ」
   意思を持ち、自在に動く蔦が私に伸びてきて、足首に絡まる。
   「きゃあ!」
   蔦は私を引っ張り、攫おうとする。膝をつき、床を引きずられる前にケイが上構えから白刀の一線を退き、足首に絡まる蔦を斬る。
   蔦の切り口から流れたのは人の血によく似た赤い液体だった。
   「ああああ!」
   色も匂いも血に似たその液体を流す蔦は痛覚までそっくりに似せているらしく、自身の一部を斬られたすみれ先輩は激痛を悲鳴に変え、触手のように伸びる蔦は悶絶するようにくねらせ、私たちの周りに波を作る。
   すみれ先輩が身を悶える程の叫びがあったとしてもケイは容赦なく、目前の蔦を切り刻んでいく。
   彼にとっては行く道に邪魔な雑草を排除しているだけで、その非行は私の逃げ道を作る為のものだった。
   「ああああ!いだい!いだい!」
   次々と斬られる感覚にすみれ先輩は天井を仰いで、苦痛を叫ぶ。増えていく切り口と流血の量。赤い雫がはねては私の髪にかかる。ケイの黒い髪にも仮面にも鮮血色に上塗りされていく。
   「いだい!いだい!やめてよ!」
   ただ1人の悲鳴が大気を震わせて私の耳と心を凍らせる。 
   「ああああ!いやあ!いだあい!」
   人の叫喚に耐えられなくなり、蔦を切り続けるケイの片腕に私の両腕と胴体が抱きつく。夢中になって駆除するケイにとっては妨害でしかなかった。
   「キヨネ!邪魔だ!」
   「あんなの聞いていたらおかしくなる!すみれ先輩と話せば」
   「もう人じゃない」
   ケイの言い分は正しい。伸びてくる蔦を斬るのも私を守る為のものだってわかっている。それでも、すみれ先輩の声で訴える叫びは通常の精神では耐えられるものじゃなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

処理中です...