糸と蜘蛛

犬若丸

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2章 ヒーロー活劇を望む復讐者

蜘蛛の脚 3

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   白い刀はとてもよく切れて手の甲を貫き、肉の生々しい感触とともに床の硬い感触が刀から伝わってくる。
   唐突の痛みに光弥の顔が歪む。
   「あら、痛かった?あんたにも痛覚があるなんて知らなかった。でも許してくれるんでしょ?だって、知らなかったから」
   柄を回す。刃の角度が変わり、光弥の手に空いた穴が広がる。
   「ああああ!ほんとっ!もうしないから!許してよ!」
   許せるとまだ思ってるみたいね。その思い違いが今の状況を作ったと彼は気付いていない。
   「まだ聞きたいことがあるのよ。あの拳銃は?暴発は偶然じゃないわね」
   「あれ、は、その」
    言葉が濁る。
   「早く言え!」
   あたしは反対の手も突き刺し回す。
   「瑠璃、やり過ぎじゃ」
   「黙って!」
   あたしは声を荒らあげる。珍しく冷静さを半分なくしていた。原因はいくつもある。その中で最も怒りを抱いていたのはあたしの過去をすみれに教えたことだった。
   人は他者に触れられたくない領域がある。光弥は最奥に守られていた地を踏みにじり、そこに眠る憤怒の根幹を起こした。後悔しても遅い。
   「親父からの指示だ。発案は俺じゃない。瑠璃の魂を抽出するように言われたんだ。抽出は身体が死ぬ直前にしかできないから」
   「頼んできた自殺の件も建前ね。なら父の言いつけを破ったのは蝶男に寝返ったのね」
   「違う!ほんとに違うんだ!親父が隠し事をするからだ!」
   「その隠し事が蝶男ね。あれは何者なの?」
   光弥はひと呼吸、深く息を吐く。耐え難い時間の中で言葉を選ぶ。
   「白糸と白鋏の作ったのと同時期に親父は別のものも作っていたんだ。それが黒蝶。虫の生命と支配力、そして塊人から作られた。その塊人が今の蝶男だ。鬼をコントロールする為に」
   「鬼はあんたたちが作ったんでしょ。なんでコントロールできないのよ」
   「違う。俺たちが制御できないものは生命と輪廻、そして鬼だ。あれは特殊なんだ。ハザマにいながら生命がある。だからといって繁殖能力は持たず、自然発生する。親父は支配できないものが許せないから黒蝶が必要だった」
   黒い鬼がすみれの横で大人しくしていたのは蝶男がコントロールしていたからね。
   「もしかして、鬼だけじゃなく人も可能なの?」
   「詳しい説明は省くけどできるよ。その場合は副作用もあるけど。なぁ、もういいだろ。解放してくれよ手が痺れて痛いんだ」
   あたしは刀を軽く持ち上げてまた突き刺す。それだけでは足りず、2回3回4回と連続で手の穴を増やす。
   「驚いた。許される余地があるってまだ思い込んでいたのね」
   光弥は歯を食いしばって痛みに耐える。
   「ちゃんと答えたじゃないか!嘘もない!あとは何を望むんだよ!」
   「あんたが全部叶えてくれたとしてそれでチャラ?ほんと世間知らずのお馬鹿さんね。賢くなれるよう1つ助言するわ。人生は理不尽で飾られているのよ」
    羽のように軽い刀を高らかに持ち上げる。
   「死んだ時の感想、あとで教えてね」
   淡々とした怒りや悲しみの色を持たない声。けれど、今までよりも冷酷で無情な声をしていた。
   清音の叫ぶ声が背後からした。それはあたしを止める言葉であった。はっきりと聞こえているのに頭に入らなくて掲げた刀は半円を描き白い光の尾を引きながら上から下へとおろされた。
   素人のぶれた半円はハクの白い肌を1㎜ほど触れて止まった。光弥ではなくハクの肌。ハクは彼を守るように覆い被さってあたしの前に立つ。
   白い刃が上にあがらず、下にもさがらない。後ろからあたしの腕を掴んでいたのは人型になったケイだった。
 
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