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1章 神様が作った実験場
彼女の日常について 2
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至福の朝食を味わいつつ、ニュース番組が最近の自殺率が高くなったと報道している。
フォークで目玉焼きを刺しながらテレビに視線を送る。コメンテーターが自殺者に対して憤りの言葉を並べている。
きっと、この人は死にたいほど追いつめられたことはないんでしょうね。だから、簡単に怒れるし簡単に生きろと言える。
生きるのは難しくて、自殺ほど単純なものはない。だから不器用な奴から消えていく。そういえば、あの老人も自殺だっけ。
ベーコンを口に頬張って今朝の夢を思い出す。
どれほどゴミを集めても物に囲まれても老人の孤独は埋められなかった。ゴミと一緒に積もった孤独に耐えられなくてあの老人は死んだ。
あの夢を見るようになったのは母の火葬の日から。8歳だった。
あの頃は様々なことが起きて、もう感情も動かなくなっていた。だから毎日悪夢を見るようになっても何も思わなかった。
家から出る時間になってテレビの電源を消す。音がなくなった代わりに雨音の静寂が室内を支配する。月曜の朝の憂鬱はより一層強まって、あたしは重たい玄関ドアを開けた。
5階の高さをエレベーターで一気に下がる。
マンションの玄関口に立って空を仰いだ。
曇天から降る雨粒。思わず、小さな舌打ちが出る。
天から降る神の恵み。死ねばいいのに。
雨は嫌い。湿気が多くてジメジメするし、靴が濡れて肌に纏わりつく靴下が気持ち悪い、あと傘をさすのもめんどくさい。それに不幸、不運といった類の嫌なことは雨雲が運んでくる。嫌な出来事は必ず雨が降っている。だから、雨は嫌い。
悪態をついたあたしはビニール傘をさして水を跳ね返すアスファルトの上を歩く。
ポツポツと落ちる雨音の中で頭上をひらひらと舞う影があった。重い目線を上げると黒い羽を遊ばせて飛ぶ鳥がいた。
雨なのに珍しい。
雨晒しで飛ぶ蝶に同情して目線を下ろす。
駅が近くなると人が多くなってきた。他校の学生、サラリーマン、通勤中の車。どんなに人が多くなっても朝の活気はやってこない。昨日と同じものを食べて昨日と同じ道を通る。
テンプレされた日常に倦怠しても抜けられず、変えようともしない。そんな毎日に感情は鈍って意気揚々とした朝なんて現代に生まれてこない。
車通りが多い道路に架ける横断歩道橋を越えれば駅は目の前になる。
歩道橋の足元には小さな花が雨に濡れて咲いている。
雨にも負けずにアスファルトの僅かな切り目から芽生えた花。花を愛でるおめでたい性格はしていないけれど、いつ咲いていたのかも知らないその花も日常風景の一枚となっていた。
そういえば、ひと昔前の曲にそんな歌詞があったわね。人の心の強さをアスファルトの花に例えた歌詞。
強いと讃えられたアスファルトの花はあたしの前で猫背のサラリーマンに踏まれて散った。
まぁ、世の中そんなものよね。結局、アスファルトに割いても花は花。踏めば散る。強かで美しいとは程遠い。
そんなものにあたしは期待しない。美しい幻想は現在に必要ないのなら期待したって無駄なのよ。
人波に流れながら緑と銀のカードを改札にかざす。
通勤通学ラッシュの電車は人の寄せ集めで呼吸でさえ気疲れしてしまいようになる。
「この路線、また飛び込み自殺あったらしいよ」
「えぇ?また?異常じゃん」
すぐ後ろの他校生徒が明るい会話をしている。彼女たちからしてみれば、自殺ネタも談笑の一つみたいで先日起こったという自殺にも笑って話す。
「なんかSNSで話題になってるよ。死神が住む街だって」
「ウケる。死神も通勤してたりするのかな」
「満員電車に乗って?笑えてくるわ。もし乗ってたらさ、隣の席のあいつ殺してくれって頼んだらやってくれんのかな」
「性格悪っ」
「だってさあ」
勝手に入ってくる彼女たちの会話を聞き流して目的の駅に着く。電車を降りて改札を抜ける。
そろそろ残高がなくなるはず。足しておかないと。
駅の玄関入口付近でメガホンを片手に喚いているのは新宗教の信者。あの人は朝方に必ず現れてはメガホンと宣伝旗で今日も元気に迷惑な布教活動を行う。
「犯罪者が免罪になって善良者が罰をうける!こんな社会に希望はあるのでしょうか!報われる日が来るのでしょうか!でも安心して下さい!信心があれば救われるのです!」
多くの人々が騒がしい信者の前を通る。誰一人、その人に脚は止めず、他者の言葉を信じない。あたしも同じように前を通る。
「悪人は地獄へ!善人は天国へ!さあ!祈りましょう!最後に神が手を差し伸べるのは信心を持った者たちなのです!さあ!共にいきましょう!」
昨日と同じ薄っぺらい内容。ロボットみたい。
雨音と聞く迷惑な雑音に密かに毒を吐いて駅を離れる。メガホンから響くあの台詞が脳内で木霊してあたしを苛立たせた。
「信じる者は救われます!さあ!祈りましょう!共にいきましょう!」
フォークで目玉焼きを刺しながらテレビに視線を送る。コメンテーターが自殺者に対して憤りの言葉を並べている。
きっと、この人は死にたいほど追いつめられたことはないんでしょうね。だから、簡単に怒れるし簡単に生きろと言える。
生きるのは難しくて、自殺ほど単純なものはない。だから不器用な奴から消えていく。そういえば、あの老人も自殺だっけ。
ベーコンを口に頬張って今朝の夢を思い出す。
どれほどゴミを集めても物に囲まれても老人の孤独は埋められなかった。ゴミと一緒に積もった孤独に耐えられなくてあの老人は死んだ。
あの夢を見るようになったのは母の火葬の日から。8歳だった。
あの頃は様々なことが起きて、もう感情も動かなくなっていた。だから毎日悪夢を見るようになっても何も思わなかった。
家から出る時間になってテレビの電源を消す。音がなくなった代わりに雨音の静寂が室内を支配する。月曜の朝の憂鬱はより一層強まって、あたしは重たい玄関ドアを開けた。
5階の高さをエレベーターで一気に下がる。
マンションの玄関口に立って空を仰いだ。
曇天から降る雨粒。思わず、小さな舌打ちが出る。
天から降る神の恵み。死ねばいいのに。
雨は嫌い。湿気が多くてジメジメするし、靴が濡れて肌に纏わりつく靴下が気持ち悪い、あと傘をさすのもめんどくさい。それに不幸、不運といった類の嫌なことは雨雲が運んでくる。嫌な出来事は必ず雨が降っている。だから、雨は嫌い。
悪態をついたあたしはビニール傘をさして水を跳ね返すアスファルトの上を歩く。
ポツポツと落ちる雨音の中で頭上をひらひらと舞う影があった。重い目線を上げると黒い羽を遊ばせて飛ぶ鳥がいた。
雨なのに珍しい。
雨晒しで飛ぶ蝶に同情して目線を下ろす。
駅が近くなると人が多くなってきた。他校の学生、サラリーマン、通勤中の車。どんなに人が多くなっても朝の活気はやってこない。昨日と同じものを食べて昨日と同じ道を通る。
テンプレされた日常に倦怠しても抜けられず、変えようともしない。そんな毎日に感情は鈍って意気揚々とした朝なんて現代に生まれてこない。
車通りが多い道路に架ける横断歩道橋を越えれば駅は目の前になる。
歩道橋の足元には小さな花が雨に濡れて咲いている。
雨にも負けずにアスファルトの僅かな切り目から芽生えた花。花を愛でるおめでたい性格はしていないけれど、いつ咲いていたのかも知らないその花も日常風景の一枚となっていた。
そういえば、ひと昔前の曲にそんな歌詞があったわね。人の心の強さをアスファルトの花に例えた歌詞。
強いと讃えられたアスファルトの花はあたしの前で猫背のサラリーマンに踏まれて散った。
まぁ、世の中そんなものよね。結局、アスファルトに割いても花は花。踏めば散る。強かで美しいとは程遠い。
そんなものにあたしは期待しない。美しい幻想は現在に必要ないのなら期待したって無駄なのよ。
人波に流れながら緑と銀のカードを改札にかざす。
通勤通学ラッシュの電車は人の寄せ集めで呼吸でさえ気疲れしてしまいようになる。
「この路線、また飛び込み自殺あったらしいよ」
「えぇ?また?異常じゃん」
すぐ後ろの他校生徒が明るい会話をしている。彼女たちからしてみれば、自殺ネタも談笑の一つみたいで先日起こったという自殺にも笑って話す。
「なんかSNSで話題になってるよ。死神が住む街だって」
「ウケる。死神も通勤してたりするのかな」
「満員電車に乗って?笑えてくるわ。もし乗ってたらさ、隣の席のあいつ殺してくれって頼んだらやってくれんのかな」
「性格悪っ」
「だってさあ」
勝手に入ってくる彼女たちの会話を聞き流して目的の駅に着く。電車を降りて改札を抜ける。
そろそろ残高がなくなるはず。足しておかないと。
駅の玄関入口付近でメガホンを片手に喚いているのは新宗教の信者。あの人は朝方に必ず現れてはメガホンと宣伝旗で今日も元気に迷惑な布教活動を行う。
「犯罪者が免罪になって善良者が罰をうける!こんな社会に希望はあるのでしょうか!報われる日が来るのでしょうか!でも安心して下さい!信心があれば救われるのです!」
多くの人々が騒がしい信者の前を通る。誰一人、その人に脚は止めず、他者の言葉を信じない。あたしも同じように前を通る。
「悪人は地獄へ!善人は天国へ!さあ!祈りましょう!最後に神が手を差し伸べるのは信心を持った者たちなのです!さあ!共にいきましょう!」
昨日と同じ薄っぺらい内容。ロボットみたい。
雨音と聞く迷惑な雑音に密かに毒を吐いて駅を離れる。メガホンから響くあの台詞が脳内で木霊してあたしを苛立たせた。
「信じる者は救われます!さあ!祈りましょう!共にいきましょう!」
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