幽霊と社畜

びね

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 ここは天上……?
 すれ違う黒髪の人々や馬が引いていない乗り物、空に伸びる四角い建物、私が生きていた世界とはまるで違っている。こんな景色は見たこともなければ想像したこともない。ここはきっと神の住まう天上なのだろう。
 私は死んでいるはずなのだから。

「私でも神は天に迎えてくれるのだな。さすが神の住まう場所。見るもの全てが目新しい」

「違うぞ?」

 思わす声に出してしまった私にどこからか返事が返ってきた。
 だが、違うのか?でも黒髪は神の使いと云われている。黒髪を持っている人々が行き来するこの地はやはり神のいる世界なのだろう。だが、よく見ていると茶色や黒髪ではない人も多々見つけることができる。
 もしかしたら此処は浄化の世界なのだろうか?それならば納得はいく。
 肩にかかる私の髪の色は薄茶で生きていたときのままだ。

「そのうち私もこの世界で黒髪になっていくのだろう。なるほど浄化されていない私に視線を移す必要もないというわけか」

 多くのすれ違う人々が私に全く反応をしないのも理解できる。私はここに来て間もなく、着ている物も染められていない一枚の布だけだ。行き交う人々とはかなり違っている。

「なんでそうなるんだ?」

 思ったことを再び口にした瞬間、ぐいっと腕を掴まれてしまった。
 振り向くと、前髪を後ろにかきあげた黒髪の男がニヤリと笑う。

「お?やっと反応したな」

 男は私よりも多少背が低く、黒い瞳を少し緩ませた目じりには皺が見られる。恰好は周りの人々と似たような物だが、全体的に黒っぽい。目がかなり特徴的だ。瞳が黒いだけではない、なんというか強い意志を感じることができる。
 もしかして、私の指導者なのだろうか?それならば自己紹介をしなければならないな。

「初めまして。私はアレスティン・グランロッドと申します。あなたは私の指導者なのでしょう?まだこの浄化の世界に来たばかりで作法も何も知らぬ者です。不作法をお許しください」

 礼を尽くすために膝を折り頭を下げる。

「いや、だからな?え?俺どうしたらいい?とりあえず顔を上げて立ってくれ」

 言われたとおり立ち上がり指導者を見ると困ったような顔をしている。何か間違ったことをしてしまったのだろうか?ふむ……と考え込む。

「ああー、えっと、外国のにいちゃん……グランロッドさん?俺は別に指導者とかそういうのでもないし、というか此処は日本で天国でもねーぞ」
「日本?」

 聞いたこともない単語に首を傾げてしまう。

「え?日本知らねーのか?にいちゃん、じゃなかったグランロッドさんはどこの国の人だよ」

 ここは日本……という国であって、天上ではないらしい。だが、天上でないとすると何故私がここにいるのだろうか?私が死んだのはもちろん日本という国ではない。

「もしもし?聞こえてるか?お、そうだ自己紹介がまだだったな。俺は篭山っていうんだ。カ、ゴ、ヤ、マな。よろしくなグランロッドさんとやら」

 カゴヤマと名乗った男は少しだけ頬を上げて手をだしてくる。初対面ではあるが嫌な感じはしない。自然と差し出された手を握っていた。
 ぐっと握った手は力強く意志の強さを感じられる。

「カゴヤマ殿ですね?私の事はできればアレスと呼んでください。あの、勝手なお願いですが、この国の事などを少し教えてもらえると助かります」

 そうなのだ、何も分からないのでは私はこれからどうしたらいいのかすら見当もつかない。まずはカゴヤマ殿に色々と教えを乞うのが最善だろう。
 だが、何故だかカゴヤマどのは困った顔になった。握った手を離し頭をガシガシとかいている。

「いや俺は『殿』って、そんな敬称付けられるような人間じゃないぞ。カゴヤマでいい」

 カゴヤマ殿は手を振り『殿』を拒否される。だが、はいそうですか、と受け入れるものでもない。

「それは出来ません。カゴヤマ殿に教えを乞う私が敬称も付けずに呼ぶことなどできません」
「いや、でも『殿』はないだろ『殿』は。いつの時代の話だよ」

 カゴヤマ殿の中ではあまり使われていない呼び方なのだろうか。私としては困らせてしまうのは本意ではない。どうしたものかと考え、ある人物が浮かんだ。
 私に剣技を教えてくれた厳しい師匠。剣の使い方だけでなく、人としての在り方も教わったと私は思っている。先ほど手を握った時に感じた力強さ、姿かたちは全く似ていないがどこか雰囲気が重なる。

「では、師匠と呼んでもよろしいですか?」
「師匠?」
「はい、師匠です。ダメでしょうか?」

 色々と教えてほしいのは私の都合でありカゴヤマ殿には関係のないことだ。迷惑になるのかもしれない。だがカゴヤマ殿を師匠と呼ぶことにとてもすんなりとくる。断られたらあきらめよう。

「師匠?師匠か?あーうん、まあ『殿』よりはいい、のか?」
「はい、よろしくお願いします」

 カゴヤマ殿を師匠と呼べるようになった。

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