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ふたたびの鹿児島

三隅家の事情

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 映画祭は夜まで続くが、僕たちがゲストとして登壇するのはこれで最後だ。
 盛大な拍手の余韻が耳に残る中、控室に戻ると、佑美さんが待ち構えたように口を開いた。

こうちゃんが『ルー』って言ったとき、シリアスなシーンなのに、私、思わず吹き出しそうになったわよ」

 口元を手で隠し、彼女はくすくすと肩を震わせる。

「パパ、よりはマシだったんじゃないか?」

 至って生真面目に返した片桐社長の言葉に、三間が渋い顔をする。

「俺は早くパパと呼んでほしいんだが」

 控室までは社長が光希こうきを抱っこしてくれていたので、部屋に入ってからお礼を言って交代した。
 社長は名残惜しそうな顔をしているから、もう少し抱っこしたかったようだ。普段も事あるごとに、光希を可愛がってくれる。
 今回は旅行を兼ねているためマネージャーは帯同しておらず、部屋にいるのは片桐社長夫妻と僕たち親子、それに映画祭のスタッフだけだった。

 三間と二人だけなら、この後の映画も見て帰りたいところだが、光希はそろそろお昼寝をさせないといけない。この後はレンタカーで指宿の旅館に向かうので、その前にオムツを確認しておきたかった。

「ルーさん、オムツ見てもらっていい?」

 冗談混じりでそう声をかけると、渋面のままの三間に、むにっと鼻を抓まれた。

「旅館に着いたら覚えとけよ」

 光希のズボンのウエストに指をかけながら、耳元に顔を寄せ、僕にだけ聞こえる声で囁かれる。
 調子に乗り過ぎたと後悔するが、とりあえずオムツは大丈夫そうだ。

「光ちゃんにパパって言わせたかったら、夏希君に『パパ』って呼んでもらうのが一番手っ取り早いんじゃなあい?」

 ソファに腰を下ろし、スタッフが煎れてくれたお茶を掌で冷ましながら、佑美さんが茶化すような調子で言う。社長はその隣に腰を下ろし、ニコニコと柔和な笑顔を浮かべて成り行きを見守っている。

「……俺は、ナツのパパじゃない。あんたらもこのあと神社に行くんだろ。帰る準備しなくていいのか?」

 三間は煙たそうな顔を二人に向けた。

「私達はすぐそこだから。もう少しここでゆっくりしていくわ」

「このあと上映される映画も、短編だけど面白そうなやつだったからね」

 二人は、今日は安産祈願で有名な神社に参り、鹿児島市内のホテルに泊まる予定だという。発情抑制剤を中止し、不妊治療を続けていた佑美さんは、念願叶って今は妊娠4カ月だ。

 二人と一緒にいると、三間は途端に弟ポジションになる。そんな三人のやりとりを見るのが好きだ。

 三間にも半分だけ血の繋がったお兄さんとお姉さんがいる。
 ただ、彼が非嫡出子だったこともあり、そちらとは良好な関係とは言えない。

 一昔前は、発情抑制剤は高価で、誰もが手に入れることのできるものではなかった。
 そのため、既婚者でも、ヒート事故で別の相手とつがいになった場合に限り、第二の夫や妻として戸籍に加えることができていた。その救済制度を逆手に取り、ヒート事故を装ってお気に入りのオメガをつがいにし、第二夫人にするアルファは少なくない数いたらしい。
 現役の国会議員である三間の父親もそうだった。
 
 オメガだった三間のお母さんは、元々は議員会館の清掃員をしていたそうだ。三隅議員は彼女を見染めて、最初は事務所のスタッフとして雇い、イレギュラーな発情期ヒートに乗じて関係を持ち、つがいにしてしまったらしい。しかし、それは表向きの理由で、実は発情期ヒートで休みを取っていた彼女の家に押し掛け、強引につがいにしたのが、身内だけが知る真相だとか。
 その話を、三間は、中学生の頃にお母さんを亡くし、三隅家に引き取られてから、継母となった父親の本妻に聞かされたそうだ。

 当然、継母には疎まれていたし、兄姉は共にベータで、兄には対抗心を剥き出しにされ、蔑まれて、姉には半分血が繋がっているにも関わらず色目を使われていたという。そんな事情で家に居場所がなく、ふらふらしていた時期に、声をかけて演劇に誘ってくれたのが片桐社長だった。
 
 三間はかつて、佑美さんのことが好きだった。二人が時折り互いの匂いを纏わせていたのは、専務のスパイであるマネージャーに、彼女と付き合っていると思い込ませるためにわざと距離を近くしていたからだと聞いている。でも、それくらい近くにいることを許されていたのだから、お父さんのように、強引な手段を取ることもできたはずだ。
 それをしなかったのは、お父さんのようになりたくなかったからではないかと思った。

『俺は、ちゅうさんのことを好きな佑美が、好きだったから』

 その話をしたとき、彼はそんなことを言って笑っていたけれども。

 一度目の人生では、僕はメディア向けのキャラを演じることと、目の前にある仕事をこなすことに精一杯で、誰かと恋愛する余裕なんてなかった。ヒート事故で三間と関係を持つことがなければ、三間のことも、きっと、「かつての共演者」で終わっていたに違いない。
 だから、アルファの本能に抗い、佑美さんを守り通した三間のことを、尊敬しているし、そういう相手がいたことを羨ましくも思っている。別れてもなお、ベータである社長のことを思い続けていた佑美さんのことも。
 正直にそんな気持ちを打ち明けたら、「俺はお前のときのほうが、めちゃくちゃ我慢してたんだけどな」と恨みがましい目で見られたっけ。

 
 僕たちは帰り支度を整えると、二人に挨拶し、一足先に映画祭の会場を後にした。




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