嫌われオメガは巻き戻った世界でベータに擬態する

灰鷹

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真相

救世主?

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 何かがぶつかる激しい音を、すぐ目の前で聞いた気がする。
 最初は何が起こったのかわからなかった。ただ、息をするのに必死で。

 息を吸おうとして激しく咳き込む。しばらくは上手く呼吸ができずに、胸を喘がせながら、細い呼吸と咳き込みを繰り返していた。
 その間も、ボコッ、バキッという鈍い音が続き、時折り呻き声も聞こえていた。やがて、ボキッと何かが折れるような音がし、同時に「ウギャッ!」と悲鳴が響いた。

 ほんのわずかの間、音が止み、近くで人が言い争う声や足音が聞こえてくる。

「ヒィッ! も、もうやめてくれ!」

 男の泣き叫ぶ声で静寂は破られ、直後、それに別の声が重なった。

「ストップ! すとーーーっぷ! 晴さん、両腕折るのはやりすぎだって!」

 聞き覚えのある声だけど、誰のものなのかすぐには思い出せない。

「折ったんじゃない。肩を外しただけだ。柔道の経験があるつってたから、両方やっておかないと自分で入れられるだろ?」

「警察が来たからこれ以上は駄目だって! 晴さんの殺気のせいで完全に夏希が怯えてんだろ!」

 言われて、今の自分の状況を理解した。
 息はできるようになったけど。体の震えが止まらない。地面に転がったまま両足を抱えて身を縮こませていて、そうか、自分は怯えていたのかと他人事のように思った。

 三間がここに現れたときと同じで、その強烈な殺気オーラにあてられると、身が竦み、頭も体も機能停止に陥ってしまう。

「なつ――、もう大丈夫、だから」

 優しく声をかけられ、薄っすらと目を開く。
 視界に映るのは、自分を覗き込む二つのシルエット。日が落ち、辺りはすっかり薄暗くなっていて、目を凝らしてようやく顔のパーツが判別できる。三間と、もう一人は稲垣だった。

 何故、ここに稲垣が――?

 恐怖心は薄れてきたけど、頭がぼんやりしていて思考が追い付かない。

「こっちは……、大丈夫そうだね」

 続いて聞こえてきたのは、マネージャーの白木さんの声だった。

「専務は確保したよ。令状もどうにか間に合ったから、今から署に連行する。そっちは……、先に病院みたいだね」

 床に転がっている男に同情の混じる声を向け、ゆっくりとした動作で、僕の前に膝を折った。

「ロケで栃木の山奥に行かされていたから、ぎりぎりになってごめんね。僕の判断が甘かった。寮にいてもらえれば、君の安全は確保されると思っていたんだ」

 喋りながら、ペンライトの光を顔や首に当てられた。
 傷を確認しているようだ。

「首に絞められた痕と浅いけど刀傷がある。他にどこか切られたりぶつけたりしたところはある?」

 白木さんは普段も機敏で頼りになる人だけど。今は頼もしさに磨きがかかり、水を得た魚のように生き生きとしていた。

「他は、どこも……」

 普段通り発したつもりの声は、かろうじて聞き取れるくらいのカスカスの声だった。

「ゴンって結構派手な音がしたから、頭もぶつけているはずだ」

 三間に言われて、そう言えばテーブルに頭をぶつけていたことを思い出した。
 白木さんが僕の頭を触り、「傷はないみたい」と呟く。

 遠くで緊急車両の音がしていたと思ったら、それが徐々に近づいてきて、近くで音が止まった。
 入り口近くに大きなライトが設置されて、建物の中まで明るくなる。「こっちこっち」という声がし、スーツ姿の人達がわらわらと入ってきて、辺りが騒然とし始めた。

「こりゃ、救急車が必要ですね」
「結構派手にやられてますね」
 
 地面に転がったままの男を見た人たちの反応は、皆似たようなものだった。
 彼らがおそらく本物の刑事だということは、回らない頭でもなんとなくわかる。

「首の傷は浅いから消毒と絆創膏でよさそうだけど、他に痛いところがあれば病院に行ったほうがいいと思う」

「首を絞められて頭をぶつけただけなので、大丈夫です」

 お腹を殴られたり蹴られたりしなかったのは不幸中の幸いだったと、秘かに思った。



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