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繰り返される悲劇

慟哭

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 専務が会議室を出ていき、静寂が訪れる。
 体からすーっと力が抜けていく感覚で、思いのほか自分が緊張していたことを知った。

 張りつめていたものがゆるみ、堪えていたものが込み上げてくる。
 項垂れた先で、手元の記事がぶわりと歪み、ぽたぽたと水滴が落ちるのが見えた。

 一度許したら、駄目だった。咳を切ったように、とめどなく涙が溢れてくる。
 嗚咽を堪えようとして、苦しくなって、喉が潰れたような無様な呻きが洩れた。

 表出した激情の強さに、それが記事を見て初めて芽生えたものではなく、海外ロケのときから自分の中にあったものだと思い知らされる。
 気を張ることで、気づかないふりをしていた。

 事務所が何とかしてくれると自分に言い聞かせながら、心のどこかで予感があった。
 オメガだったことも、ヒート事故のことも、隠し通すことはできないのではないかと。スタッフ達から向けられる、憐みと蔑みの混じった眼差しに、そんな恐れを抱いていた。

 一度目のとき以上に苦しく、後悔で押し潰されそうになっているのは、一度目と違って、今回は自分の撒いた種でこうなってしまっているからだ。
 僕がベータだと偽らなければ、今回の役に起用されることはなかった。
 三間に夕食作りを頼まれたときに断っていれば、スクープ写真を隠し撮りされることもなかった。
 発情期ヒートを起こしたとき、抑制剤を増やして、一人でどうにかすることもできた。

 回避できるターニングポイントがいくつもあったのに。
 回避できなかったのは、三間への未練の所為だった。破滅への予感を抱きながら、彼の傍にいることを選び、一夜の情を望んだ。
 今はただ、三間にも佑美さんにも申し訳なくて、合わせる顔がなかった。

 鼻を啜る音と、時折り堪えきれずに洩らすひしゃげた呻き声だけが、静かな会議室にいつまでも響いていた。 
 白木さんがボックスティッシュを近くにそっと置いてくれて、汚い音を立てて鼻をかむ。


 ひとしきり涙を流したら、徐々に気持ちが落ち着いてきた。
 一度目の人生ときと違って、今回は自分の選択に迷いがないからだろう。

「すみません。余計な手間を増やすことになってしまって……」

「手間だなんて……、タレントのケアは仕事のうちだよ」

 白木さんは、眼鏡の奥の目をやわらかく細めてみせた。

「それに今は、寮に入ってもらったほうが僕も安心できる。記事のことは置いといて、そうなったことは結果的によかったと思う。この後はもう僕も仕事はないから、今からアパートに荷物を取りに行こうか」

 ティッシュで濡れた顔を拭い、重い腰を上げる。

 後悔を涙で洗い流してしまったら、存外に気持ちはすっきりしていた。
 回避できるターニングポイントはいくつもあった。でも、何度人生をやり直したとしても、僕は同じ選択をしただろう。だから、仕方ない、と開き直ることもできた。

 今後、三間に会おうとさえしなければ、一度目のときのような最悪の結末は回避できるはずだ。
 三間だけでも、僕と出会う前の平穏を取り戻してほしい。

 いま自分の中にあるのは、それだけだった。


 白木さんの運転で一度アパートに戻り、とりあえずの着替えなどをバッグに詰め込んでオメガ専用の寮へと向かった。
 途中、ドラッグストアに寄ってもらい、日用品を買うついでに妊娠検査薬も購入した。

 自室のトイレでスティックに青いラインを確認したとき――……、僕はまた、少しだけ泣いた。



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