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繰り返される悲劇
君を守りたい
しおりを挟む「柿谷君」
専務の呼びかけに、僕は俯かせていた顔をそろそろと上げた。
普段と変わらない穏やかな眼差しが、正面から向けられている。
「これは、来週発売予定の週刊誌の記事だ。出版社から事前に掲載の連絡があり、原稿が届いた。普通はここまで丁寧に知らせてくれることはないけどね。セクシュアリティについては個人のプライバシーに関わる問題で、記事の内容に誤りがあってはいけないから、うちに事実確認の猶予をくれたんだろう。この記事に心当たりはあるかい?」
それ以上専務と目を合わせることができず、再び顔を俯かせて、「はい」と小さく答えた。
「君にこれを見せたのは、君を責めたかったからではない。君を守るためだ」
その声も、変わらず優しかった。
雇用契約において性別を理由に差別することは法律で禁じられていること、第二性別を偽って申告したからといって契約違反ではないことを、続けて説明された。
契約の際にベータだと嘘の申告をしたことについて、咎めないと暗に言われている。
でも、だからといって、安堵は微塵も湧いてこなかった。
「もし、記事の内容が事実なら、これが掲載されたら、三間君は世間から批判を浴びることになるだろう。三間君と佑美さんがこれまで度々熱愛報道され、交際を否定してこなかったことで、彼らが付き合っていると思い込んでいるファンは少なくない。タレントの発情期を管理できていなかったということで、我が社も信用を失う。そもそも、最初から君がオメガだとわかっていたら、今回の役には起用されなかったはずだ。それだけでも、制作サイドにとってはかなりの誤算と言っていい」
専務が、懇切丁寧に話をしているのはわかる。
でも、その半分も頭に入って来なかった。
状況を理解するにつれ、混乱が増していた。
海外ロケ中の出来事を関係者の誰かが記者に洩らしたのならわかる。しかし、何故、それよりずっと前の、たまたま買い物帰りに三間と遭遇した日の写真や、ジムでの写真まで撮られていたのか。
それに、旅行のことも。三間に口止めされていたので、少なくとも僕は、旅行に行ったことすら誰にも話していない。口止めした三間が誰かに話すとも思えない。
まるで、僕がオメガだと発覚する以前から、誰かが僕たちの仲を疑い、秘かに証拠集めをしていたように思えてならなかった。
それに何より、一番の混乱は、一度目の人生とほぼ同じ時期に、同じ状況に陥ってしまっていることだ。
しかも、今回のほうが世間の心証は悪い。
僕は結婚秒読みの恋人のいる人に横恋慕していただけでなく、ベータのふりをして視聴者まで欺いていたことになる。
それに、前回は、二人で食事に行ったあとにラブホテルに入るところをスクープされたが、今回はロケ中の出来事だ。仕事の延長のような状況で、仕事仲間の目がある中で関係を持ってしまった。そのことに対しても、嫌悪感を抱く人は多いのではないかと思う。
僕が考え込んでいる間も、専務は淡々と話を続けていた。
「君がオメガだったことや発情期をコントロールできなかったことで、映画の制作会社が損害を被った場合、うちに損害賠償を請求されるかもしれない。我が社としては、早急に事実関係を確認し、対応する必要がある。これから僕が訊ねることに、正直に答えてくれるね?」
完全に血の気を失った顔を、そろそろと上げた。
事務所から第二性別を訊かれた際、ベータだと偽っていたのに。
専務のことも、ずっと騙していたのに。
口元に微笑を浮かべた専務の柔和な表情は、一度目の人生と全く同じだった。
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