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海外ロケとスキャンダル
渇望
しおりを挟む振り返ると、稲垣がこちらに向かって歩いてきていた。
僕たちと2メートルほどの距離を残し、足を止める。
対峙する二人のアルファの間にいつにない張りつめた空気を感じ、急に息苦しさを覚える。
稲垣が睨みつけるように三間に向けた眼差しを、僕へと移した。
「その匂い……、お前、オメガだろ? どうして、ベータのふりをしてるんだ? 晴さんは前からそのことを知っていたのか?」
ただでさえ回転の悪かった頭が、完全に思考が停止し真っ白になった。
日本語としては理解できるのに。さっきの助監督の話のように、言葉が右の耳から左の耳にすり抜けていく感じで、意味が頭の中に残ってくれない。
三間が僕を背後に隠すように、稲垣との間に割って入る。
「今のこいつがまともに答えられる状況じゃないことはわかんだろ。後にしろ」
背後でエレベーターの到着を知らせる、チンという音が聞こえた。
「夏希」
三間の体の向こうから声がする。
「俺を頼れよ。お前が俺を選ぶなら、俺は絶対にお前を裏切らない」
どういう意味だろう。
思ったが、思考が麻痺したように、それ以上深く考えることはできなかった。
ただならぬ思いが込められていることは、真剣な声色から伝わってくる。
言われたことの意味をちゃんと考えて、答えなければいけないと思うのに。
思考が衝動に絡み取られていく。
今は一刻も早く部屋に帰りたい。
頭の中が、それだけになる。
体が火照り、下腹で血が騒ぐ。
後ろが疼き、じわりと濡れる感触がする。
部屋に戻って、早く触りたい。
触って、弄って、早く――……。
三間が一歩身を引き、隠れていた稲垣が視界に戻って来る。
声と同じように。その顔は、怖いくらい真剣な表情をしていた。
「一人で部屋に戻るのは危険すぎるから駄目だ。どっちを選ぶかは、お前の好きにしろ」
稲垣とは真逆で、三間のほうは突き放したような言い方だった。
……それは……、諒真さんを選んでもいいということだろうか。
お陰で、手離しかけていた理性が少しだけ戻って来た。
――いや、それがベストの選択だ。三間には佑美さんがいるのだから。
三間も、親切でここまで連れ出してくれたけど、本当は、稲垣が追いかけてきてくれて助かったと思っているはず。
それか、部屋まで送って行くだけだから、誰でもいいと思っているか。
でも、アルファが発情期中のオメガと一緒にいて、部屋に送るだけですむのか? 僕が諒真さんを選んで、もしかして二人で一夜を過ごすことになっても、三間はそれでいいのか?
ぐちゃぐちゃで考えがまとまらない。
抑制剤を飲んでいない、完全な発情期だったら、迷わず三間を選んだだろうけど。それは駄目だと思えるくらいには、理性が残っていた。
「選択肢なんて……、ない、ですよね…………」
恨み事を言わずにはいられなかったのは、僕に選ばせる男が憎らしかったからだ。
一度目の人生のときのように、否応なしに部屋まで連れて行ってくれたら。正しい選択を考えずにすんだ。
選ばれたら困るくせに。僕に決めさせるのはずるい。
完全に突き放してくれたら、何も言わずにそれに従ったのに。
正しい選択――稲垣のほうへと歩きかけて、足を止める。後ろから、シャツを引っ張られていた。
期待はなかった。
ただ、歩けないから、顔を振り向かせただけ。
でも、顔を振り向かせて、目が合った瞬間――……、自分の中からなけなしの理性が、すーっと消えていくのがわかった。
触ってほしい。
触りたい。
欲しい。
欲しい……。
一生に一度でいいから。
他には何もいらないから。
どうしても、貴方が…………。
くらりと、世界が揺れたように思う。崩れたのかもしれない。
気がついたときには、三間と二人でエレベーターに乗っていた。
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