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海外ロケとスキャンダル
副作用
しおりを挟む保安検査は、どうにか他の人に抑制剤のことを気付かれずに切り抜けることができた。
発情期が近く、抑制剤の量を増やしている所為で、終始眠気がつきまとう。
無事に飛行機に乗ったあとは、安心感もあって急に眠気が増してきて、三間と稲垣に挟まれた席という緊張を強いられる配置であるにも関わらず、フライトのほとんどを寝て過ごした。
「夏希」
ぼんやりした頭で飛行機を降り、入国審査を受け荷物を待っている最中、稲垣に声をかけられた。
急に腕が伸びてきたと思ったら、額に掌をあてられる。
驚いたせいで、一気に頭が覚醒する。
「熱はないみたいだな」
呟くと、すぐにその手は離れて行った。
「飛行機の中でずっと寝てたから、体調が悪いのかと思ったんだけど。大丈夫なのか?」
稲垣の背後にいた三間がこちらに顔を向けかけて、一瞬目が合ったように思う。
その視線はすぐに荷物が流れて来るターンテーブルのほうへと戻る。
現地に到着するのが夜なので、時差ボケ対策としては、本当は機内では起きていたほうがよかった。機内で寝てしまうと、夜眠れなくなるからだ。
わかっていても睡魔に抗えなかったのだから、仕方ない。
「緊張して昨夜よく眠れなかったので。その所為ですよ。体調は何も問題ないです」
僕の返事に稲垣は安堵の笑みを浮かべる。
再びこちらをチラリと一瞥した三間は、どこか物言いたげに見えた。
体調管理もできないいい加減な役者だと思われたのだろうと思うと、ちょっとだけ凹む。
撮影機材などもあるため、全員が荷物を受け取るのに少し時間を要したが、特にトラブルもなく、税関を通過し無事に入国した。
赤道近くに位置するマレーシアは3月でも日中は30度を超え、日本で言えば夏の気候だ。到着したのは夜だったため、暑さは和らいでいて、風もあり、過ごしやすい気温だった。空港には既に迎えのロケバスが来ていて、それに乗り込みホテルへと向かった。
到着したその日はホテルで夕食を兼ねたミーティングがあったのみで、ミーティングを終えた後は部屋で休むことができた。翌日は現地スタッフも交えた陸上でのリハーサル。その翌日が海上でのリハーサル。三日目以降が本番というかなり密なスケジュールになっている。
台本では、僕が演じる金田二等兵は、終戦間近、稲垣演じる井上一等兵と二人乗りの爆撃機に搭乗し、占領された沖縄を奪還するために鹿児島の飛行場から仲間達と共に出撃する。二人乗りの場合、前が操縦で後ろは偵察要員になる。爆弾と片道分の燃料のみを搭載した、決死の作戦であった。
けれど敵の艦隊に近づく前に敵の戦闘機の攻撃を受け、操縦席が被弾し操縦困難に陥る。海へと下降する中で操縦席から火が上がり、井上一等兵は瀕死の状態で後ろの金田に「逃げろ」と合図を送る。そのままだと共に海に墜落するか、その前に敵に攻撃されるか、火が爆弾に引火して海に落ちる前に焼け死ぬかのどれかだった。
『絶対に無駄死にだけはするな』という平田中尉の言葉を思い出し、金田は一縷の望みをかけて爆撃機から脱出し、落下傘を開く。
しかし、戦闘不能に陥ったからといって、敵が容赦してくれるわけではない。敵機は落下傘で下降する金田をも撃ち落とそうとする。それを救ったのが、三間演じる平田中尉だった。
特攻隊の使命は敵の空母を沈めることで、本来なら味方の危機にすら目を瞑り、敵艦を目指さなければならない。平田中尉は命令に背き金田を助けるために敵の戦闘機に応戦し、三機を打ち落とすが、しかし自身も攻撃を受け、戦闘機ごと海へと落下する。
海の近くで育ったため、金田は泳ぎが得意だった。
井上一等兵のほうは既に操縦席が火の海に包まれていて、助け出すのは困難だと判断し、泳いで平田中尉のところまで行き、沈みゆく戦闘機の中から負傷した中尉を助け出す。浮いている戦闘機の残骸に掴まって近くの小島を目指そうとするが、足に大怪我を負った中尉は途中で力つき、金田に寿美子への遺言を託して海に沈んでいく。
今回のロケは、レプリカの戦闘機を用意して、船からワイヤーで吊った状態でそれを海に沈め、井上が戦闘機と共に海に沈んでいくシーンや金田が平田中尉を助け出すシーンを撮影するという、かなり大がかりなものだった。
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