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オメガならよかった

緊急コール?

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 確かに言われてみれば、自分から、稲垣がつけていたオリエンタル系の香水の匂いがしないでもない。自分でもわからないくらいだから、かなり三間は鼻がいいようだ。もしかしたら、香水だけでなく、アルファ同士にしかわからないような匂いも移っているのかもしれない。

 不機嫌の理由はそれかと思った。彼女にマーキングするくらいだから、他のアルファの匂いを家の中に持ち込まれたことに、腹を立てているのだろう。

「別に何をしたわけでもないですけど……、諒真さん、少し気持ちを持ち直したみたいで、最後にありがとうと言ってハグをされたんです。そのときに匂いが移ったんだと思います。……あの……、気になるようなら、料理はもうできているので、今日は僕はもう帰ります」

 髪に匂いがついているのなら、制汗剤ではどうにもならない。まさか三間の家でシャワーを借りるわけにもいかないし……。


 眼光の鋭さは、わずかにやわらいだように思う。
 それでも、まだ何か受け入れがたいことがあるようで、気難しい顔が、考え込むように瞳を揺らした。

「お前は、あいつのことが……」

 三間が何かを言いかけたとき。携帯のバイブが振動する音がした。


 僕の携帯はキッチンの天板の隅に置いてある。振動音は三間の腰回りから聞こえていて、彼はパンツのポケットからそれを取り出すと、画面を確認し、その場を離れた。
 リビングからベランダに出たところをみると、会話を聞かれたくない相手らしい。話している声は微かに聞こえて来るが、内容は全く聞き取れなかった。

 リビングに戻って来た後も、しばらくの間、立ったままスマホを操作していた。
 僕はというと、今日はもう帰るつもりで、急いで残りのトマトをスライスしていた。モッツァレラチーズと並べてバジルの葉を上に置き、オリーブオイルとブラックペッパーをかける。

 料理をテーブルに運んでいるところに、スマホの操作を終えた三間が戻って来た。
 その顔から先程までの剣呑さは消えていた。ただ、いつもの無愛想とも違う。
 何かトラブルがあったのだろうと察せられるような、切迫感を感じる表情だった。

「悪いが急用が入った。俺は今から出かけるから、お前は飯を食ったあとはタクシーで帰ってくれ。30分後にタクシーを呼んでいる。俺の分の食事は冷蔵庫に入れておいてくれたらいい」

「だったら、僕も今から電車で帰りますよ。タクシーは断ってください」

「それは駄目だ」

 口調が、急に険しくなる。

「タクシーの料金は俺に請求が来るようになっているから、金の心配はいらない。必ずタクシーを使ってくれ」

 ――だから嫌なんじゃないか。

 胸の内で愚痴を零す。急いでいるようなので、駄々をこねて話を長引かせるのは我慢した。





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