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重なる思い
三間が見せたかったもの
しおりを挟む駐車場の奥は遊歩道になっていて、視線で促され、そこに向かって歩き出す。
並んで歩くのはなんとなく気恥ずかしくて、道幅があっても、いつも真横ではなく半歩ほど後ろに下がった位置を歩く。
周りを木々に囲まれた遊歩道に沿って、土産物屋が数件点在していた。やがて建物も木々もなくなり、海が見えてくる。
半歩前を歩いていた三間が足を止め、振り返るようにして右手を見た。
つられて、僕も立ち止まってそちらに顔を向ける。
「開聞岳……」
海の向こうに見えるその山の名前を無意識に呟いたのは、今日何度もその名前を目にしていたからだ。
美しい円錐形の山は、『さつま富士』とも呼ばれるらしい。
今いる場所とは同じ半島内にあるはずだけど、この『長崎鼻』が海側にせり出しているせいで、陸続きではなく間に海を挟んだ向こうに山が見える。その開聞岳の向こうに、夕陽が沈もうとしていた。
その瞬間、何故ここだったのかがわかった。
海の向こうに見える開聞岳を、三間は見せたかったのだ。
特攻隊員たちが見た最後の本土。
特攻のために沖縄へと飛び立った隊員たちは、あの山を何度も何度も振り返りながら、本土に、愛する人たちに、別れを告げ、突撃の覚悟を決めたらしい。
そして、金田は。
同じように仲間たちと共に決死の覚悟で基地を飛び立ち、ただ一人生き残って本土へと戻って来た彼は。
本土へ帰る船上でも、この景色を見たはずだ。
『実際に金田が見た景色を見たら、何かわかることがあるんじゃないか?』
いつかの三間の言葉が脳裏をよぎった。
彼が、僕に一番見せたかったのは、この景色に違いない。平田中尉が。金田二等兵が。見たであろう景色。
そう思ったら、今日何度目になるかわからない涙が溢れた。
こちらを見下ろしかけた三間が、涙に気づいたからか、視線を遠くの山へと戻す。
「これは俺の考えだから、参考程度に聞いてほしい」
いつも以上にゆったりとした口調で前置きし、独り言ちるように話し始めた。
「俺は…………、戦争から帰って来た金田は、寿美子や、赤ん坊を見て、嬉しかったんだと思う……」
僕も、同じことを考えていた。
お国のためと死を覚悟して基地を飛び立ったが、仲間たちはみんな死に、自分だけが、教官に助けられる形で生き残ってしまった。
終戦を迎え、帰還する船上で『最後の本土』と再びまみえた金田は、きっと抜け殻のように空っぽだっただろう。彼を生かしていたのは、『平田中尉の最期の言葉を寿美子に伝える』というその一念のみで、もしかしたら、それを伝えたら自決しようとさえ思っていたかもしれない。
でも、再び出会えた。
戦火の中を生き延びた寿美子に。
戦火の中で生まれた中尉の子に。
中尉が、生きた証に。
あのとき、泣き崩れた金田は――……。
「嬉しかったんだと……思う」
先ほどよりも少しだけ力強く、三間が同じ言葉を繰り返す。
「中尉だけじゃない。死んでいった仲間達全員の生きた証が、そこにあったことが……。無念さとか恥とか、それまでの人生とか……、全てのことが覆されるくらいに……嬉しかったんだと思う……」
だから、生きることにした。
平田中尉が生きた証を、仲間たちが命をかけて守ったものを、守っていくことが、己の生きる理由だと定めた。
空と、山肌と、海を、同じ優しい火の色に染め、開聞岳に夕日が沈んでいく。
いつかの、誰かが、見た景色。
涙で滲むその『最後の本土』は、悲しくも、希望を感じる景色だった。
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