39 / 156
重なる思い
長崎鼻
しおりを挟む古い町並みを抜けてしばらくすると、周りに畑や山が広がる田舎の風景になった。その間を縫って、小さな集落程度に民家がある。次第にその民家も見られなくなって、一面に緑の低木が広がる広大な景色が現れた。
「何か似たようなのがいっぱい植わってますね。あれ、何でしょう?」
「茶畑のようだ。新芽の時期だと、今よりもっと綺麗らしい」
冬場の今はくすんだ緑色をしているが、新芽の時期だともっと青々とした緑なのだろう。一面の新緑と、その上空に広がる青空が浮かんでくる。
次はその時期に来られたらいいですね。と言いそうになり、慌てて言葉を呑み込んだ。
朝からずっと一緒にいるから、つい今の状況を当たり前のように思ってしまっていた。
次はないのに。僕と三間は友達ではなく、ましてや恋人同士でもなく、ただの共演者。この映画の撮影が終わったら、それすらなくなってしまうのに。
「確かに……、綺麗でしょうね」
返答に迷ったのち、遠くのくすんだ緑に顔を向けたまま、当たり障りのない返事をした。
車窓の風景が茶畑であることも、新芽の時期が綺麗なことも、事前に調べてくれたのだろう。三間は運転していてじっくり景色を楽しむ余裕はないだろうから、調べてくれたのは、きっと僕のためだ。それだけで十分だと思えた。
元々、お互いにお喋りは得意なほうではない。会話はそこで終了し、狭い車内には再びラジオパーソナリティの軽快な声だけが満ちる。時折りかかるラブソングに気まずさを感じているうちに、やがて海が見えてきて、長崎鼻とやらに到着した。
元々観光客は少ないのか、駐車場は十数台分の駐車スペースしかなかった。先着の車は二台だけなので、奥の空いていた場所に三間が車を駐める。
奥に向かって遊歩道が続いていて、その脇に土産物屋らしき看板を掲げた建物が見えた。
車を降りると同時に冷たい風に体温を奪われ、身震いする。
海が近いせいか、先程いた内陸部より風があり、寒い。
それぞれ後部座席のドアを開け、そこに置いていたコートとジャケットを羽織る。
スーツの三間は、きっと僕より寒いだろう。そんな寒い思いをしてまで、半島の最南端にいったい何の用があるのだろう。
今回の旅は、特攻隊のことを知り、平田中尉や金田二等兵が何を思って生きていたかを実感することにある。特攻隊とは関係のなさそうな、飛行学校とも離れたこの場所に寄り道する理由がわからなかった。
まさかの『岬』好きってことはないだろうし。
1,460
お気に入りに追加
3,463
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。


【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。


それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「本当に可愛い。」
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる