嫌われオメガは巻き戻った世界でベータに擬態する

灰鷹

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重なる思い

確信

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 8時過ぎに羽田を出発し、およそ2時間かけて鹿児島空港に到着した。
 到着ロビーを出て最初に向かったのは、レンタカーの送迎車乗り場だった。既にネットで予約は済ませてあるらしい。

 雲一つない好天で、東京なら放射冷却で逆に冷え込みそうなものだが、本州最南端とあって寒さは苦にならない。ターミナルビルを出てすぐのところにある乗り場で5分ほど待っていると、迎えのワゴン車がやってきた。

 店舗で受付する間、店員である年配の女性に心配そうな顔つきで見られていたのは、『ヤバいところから金を借りた大学生が、取り立てに来たヤクザにどこかに連れて行かれているのでは』とでも思われたのかもしれない。

 彼の免許証をチラ見して初めて知ったのだが、三間という苗字は芸名で、三隅晴仁みすみはるひとが彼の本名らしい。
 だが、受付の女性が彼が俳優の三間晴仁であることに気づかないのは、名前の所為だけではないだろう。
 三間はスーツにサングラスだし、僕も一応変装用の黒縁眼鏡をかけていて、芸能人のオーラはつゆほどもない。
 せめてこれ以上不審がられないように、必要以上に愛想笑いを顔に張りつけていた。

 
 三間がレンタカーを運転し、空港から車を一時間ほど走らせて最初に向かったのは、旧陸軍の飛行場跡地から程近い場所。特攻隊に関する資料などが展示されている資料館だった。
 真冬のこの時期にここを訪れる人は少ないらしく、土曜日であるにも関わらず館内は閑散としていた。 

 この国で他国との大きな戦争が行われたのは、80年近く昔のことだ。
 敗戦が濃厚となる中、航空機やボートに爆弾を積んで敵艦に体当たりする、決死部隊が作られた。それが、特別攻撃隊。略して、特攻隊。

 その特攻隊の隊員たちの写真や手紙、遺品などが展示されているこの資料館は、決して特攻隊を美化するためのものではない。犠牲となった一人一人が、この世に生きていたこと、誰かの大切な人だったことを記録として残し、戦争の悲惨さ、恐ろしさ、命の尊さを伝えるために、ここがある。

 平田中尉や、金田二等兵や、寿美子が、実際にいた。
 おかみさんや、兵隊組や、中尉が助けた子供達。映画には出てこないたくさんの人たちが、この時代を生きていた。
 死との恐怖と戦いながら、大切な人の幸せを願う人たちが、確かにいたのだ。
 
 涙なしに、彼らの最期の言葉を読むことはできなかった。

 涙の理由は、共感ではない。憐みとも違う。
 彼らが、金田二等兵が、何を思っていたかは、写真を見て、手紙を読んでも、やっぱりわからなかった。
 ただ、自分よりも若いか、さほど変わらない人たちが、この若さで死なねばならなかったことが、心に重くのしかかる。

 頭に何かが触れたと思ったら、髪をくしゃりと撫でられた。
 『辛いな』という思いが、そのあたたかな掌から伝わってくる。

 暗闇の中で差し伸べられた手のことを、久々に思い出した。
 あれは明らかに子供の手だったのに。不思議と、同じ安心感を感じてしまう。

 同時に、初めて確信した。
 一度目の人生で僕を殺そうとしたのは、絶対にこの人ではないと。




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