嫌われオメガは巻き戻った世界でベータに擬態する

灰鷹

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演技リハーサル

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 夏に公開予定の映画『空を見上げて』の顔合わせから二週間が経った。
 主役の二人が多忙なこともあり、この二週間は二人のスケジュールに合わせて変則的に演技リハーサルが行われていた。今回の映画は戦争ものだけど、二人の切ない恋が話の主軸なので、脇役の僕は出番のないシーンの方が多い。二週間のうち、僕がリハーサルに参加したのは今日を含めて四日だけだ。

 それでも、バイトや他の仕事が入っていない日はなるべくリハを見学するようにしていたから、二日に一回くらいの頻度でスタジオに通っていた。佑美さんも三間も、人気だけでなく実力も兼ね備えた役者だし、彼らより年長者の役は経験豊富なベテラン俳優で固めてある。表情や立ち居振る舞い、間の取り方など、リハーサルであっても学ぶことは多い。

 今日は衣装合わせがあったため朝から撮影所に来ているが、リハのほうは午前中は自分の出番がないため、衣装合わせを終えた後はスタジオの隅で見学していた。
 視線を向ける先。部屋の中心には、主役の二人がいる。

 三間が演じる陸軍飛行学校の教官、平田中尉ひらたちゅういと、佑美さんが演じる食堂で働く娘、寿美子すみこは、秘かに思いを寄せ合っている。いま二人が演じているのは、戦況が厳しくなり、教官を辞めて特攻隊に志願することを決意した平田中尉が、寿美子にそのことを伝え、別れを告げるシーンだった。


 稽古とは思えない熱のこもった演技に、部屋にいる誰もが、息を呑み、魅せられているのがわかる。

『どうか、末永くお元気で』

 去ろうとする中尉に、寿美子が後ろから軍服の袖を引いた。

『どうしても特攻に行くって言うんなら……、どうか一夜だけ、私に思い出をください……』

 この時代の女性がそのようなことを自分から言うのは、かなりの勇気が必要だっただろう。それがわかる声色だった。
 中尉は寿美子に背を向けたまま一瞬驚いた顔をし、何かを堪えるように表情を歪めた。

『死にゆく者のことなどお忘れください。貴方にとってはそのほうがいい』

 自身の腕に絡みついた彼女の手を、優しく剥そうとする。
 僕の位置からは、中尉の体に隠れて、その背後にいる寿美子はほとんど見えなかった。だが、彼の背中に額を押し付けて、子供がいやいやをするようにかぶりを振る彼女の姿が自然と目に浮かんでくる。

『一夜だけ……、お国のためではなく、私のために、生きてくださいませんか? それがあれば、私はこれからも生きていけます』

 中尉は眉根を寄せ、沈鬱な表情で、しばらくの間、考えこんでいた。
 やがて、覚悟を決めた顔で振り返り――……。

 

 ぽんぽんと肩を叩かれ、顔を横に向ける。
 いつからそこにいたのか、稲垣諒真が立っていた。

「食堂、行かないの?」

 言われて、リハーサルが終わり、役者もスタッフも三々五々に散っていることに気が付いた。
 そう言えば、「昼休憩にしましょう」という助監督の声を聞いたようにも思える。

「あ、はい。行きます」

 ぼーっとしていた理由を訊かれなくてよかったと思いつつ、彼と連れ立って撮影所の2階にある食堂へと向かった。





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