嫌われオメガは巻き戻った世界でベータに擬態する

灰鷹

文字の大きさ
上 下
11 / 156
今度は兄貴肌?

アルファの共演者

しおりを挟む




 シトラス系の爽やかな香りがふわりと鼻腔を擽る。
 グラスと皿を手に空いていた僕の隣に腰を下ろしたのは、映画で同じ日本兵の役を演じる俳優だった。

 稲垣諒真いながきりょうま
 三間と同じアプローズプロモーションに所属する俳優で、年は僕より4つ上の今年24才。オーディション会場でも会ったことがあるので、彼とは「初めまして」じゃない。今日の顔合わせに来ている役者は経験豊富なベテラン揃いだが、僕や彼以外にも数名、オーディションで選ばれた人間がいる。

「あ、あの……、柿谷夏希かきたになつきです。よろしくお願いします!」

 話をするのは初めてなので、畏まって挨拶する。
 少し横に広い唇が更に伸び、ニッ、と愛嬌のある笑みを浮かべた。

「同期なんだからそんなに畏まらなくていいよ。夏希君って呼んでいいかな? 俺のことは諒真って呼んで。話すのもタメ語でいいから」

「いやでも、そういうわけには……」

 お互いに俳優としては二年目だから、同期と言えば同期だが、稲垣は大卒なので年は4つも上になる。
 彼のグラスが空なのに気づき、僕は慌てて近くにあったビール瓶を取り、ビールを注いだ。

 彼もまた背が高く、日本人離れした彫りの深い顔立ちをしていて、見るからにアルファだ。しかし黒目勝ちの大きな二重の目が犬っぽくて可愛げがあり、三間と比べてアルファに対する苦手意識は感じない。

 軽くグラス同士を合わせ、彼がビールに口をつける。
 僕も、烏龍茶の入ったグラスを口元に運ぼうとして。

「晴さんのところに行きたいんでしょ? 俺が声をかけてあげようか?」

 思わずその手を止めた。

「え……?」

「夏希君、さっきからチラチラ晴さんのほうを見てたから、挨拶にいきたいのかと思って」
 
 晴さん――。僕も一度目の人生では、三間のことをそう呼んでいた時期があった。
 というか、まさか三間を意識していたことを人に気づかれていたとは……。

「あ、いや、その……。先月一度ご挨拶はしたのですが、時間がなくてただ名乗っただけになってしまったので、もう一度ちゃんとご挨拶しないといけないと思っていまして……」

 焦り過ぎて、しどろもどろになってしまった。
 顔が赤くなるのもわかる。
 稲垣がぷっと吹きだし、相好を崩した。大きな目が、人懐っこく細まる。

「別に告白に行こうとしてるわけでもないんだから、そんな焦んなくても……。夏希君って可愛いよね。オメガみたい」

 一瞬ドキっとしたが、動揺が治まりかけていたので、なんとか演技力で平静を装った。

「それはよく言われます。うちの事務所はオメガは長期のロケを許可してもらえないので、僕はベータでよかったと思っています」

 それだけでなく、事務所的にはオメガの場合は男でもカメラの前で上半身を露出させることもNGだ。今回の映画ではサイパンでのロケや上半身裸のシーンもあるので、一度目の人生ならオーディションを受けることも許してもらえなかっただろう。

「夏希君がオメガなら絶対口説いていただろうから、ベータでよかったよ」

 稲垣の冗談に、僕はどう返事をしてよいかわからず、ははは、と愛想笑いを返すに留めた。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「本当に可愛い。」 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

処理中です...