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吉と出るか凶と出るか
長い夜
しおりを挟む賊のねぐらというのは、住む者がいなくなった近くの廃村だったようだ。
村人たちが残していった農具の中から使えそうなものをレオたちが持ち帰ってきて、体を動かせる者は、日が落ちて足元が暗くなるまで穴を掘った。
俺はたいして役には立たなかったが、それでも、前世でいうところの鍬のようなものを、豆が潰れ両手が血だらけになっても振るい続けた。
命を落としたのは、、騎士が4名、賊が14名。全員を土に埋めて弔ったのち、負傷者を馬に乗せて、ねぐらへと向かった。
松明の灯りを頼りに草を掻き分け、四半時ほどかけて廃村へたどり着いた頃には、誰もが満身創痍だった。
どの家も、屋根の藁は抜け、壁も崩れ落ち、柱ばかりが剥き出しになった光景は、枯れ木林と大差ない。
それでも、背の高い草に覆われていないだけましだと言える。夜通し火を焚けば、獣は寄って来ないだろう。
逃げ出した賊は戻って来ておらず、負傷して逃げられぬ賊は、セルペンスが応急処置をし、明日、この辺りを治める領主に預けることにした。
賊を許すことはできない。
それでも、このような屋根すらない場所をねぐらにし、人に危害を加えることでしか生きていけない者たちがいるのだと考えると、なんともやりきれない気分になる。
領主には、極刑は与えず、労役刑で済ませるよう口添えするつもりだった。
村の中心にある、土壁が部分的に残り、他と比べれば多少はまともに見える家屋を選んで、全員がひとところに身を寄せ合って夜を明かすことにした。
「今夜は見張りはよい。どうせ襲われたところで、反撃する力は俺たちには残っていない。火だけは絶やさぬよう、時間を決めて交代で番をしよう」
そう言っても〈影〉の兵たちは見張りに立とうとするため、「王子命令」を発動し、無理やり休ませた。
非常食のビスケットや干し肉はあったが、食べる気にはなれず、水だけ飲んで、俺も壁に寄りかかってしばらくうとうとしていた。
この辺りは都より北に位置し、標高も高い。初夏でも夜間は冷え込む。
寒さで身震いし目を開けたとき、最初は状況を飲み込めなかった。
掛け布を引き寄せようとしても手の届く場所に布はなく、何故か体の節々が痛い。徐々に暗闇に慣れた目が、頭上に瞬く無数の星を捉えて、今夜は野営であったことを思い出した。
同時に、ヴァル・イーガンと呼ばれる、前世のオリオン座によく似た三ツ星の星座がてっぺん近くにあることに気づき、慌てて跳ね起きた。本来なら地平線から60度の位置で火の番を交代する予定だったのに。
「カイン。俺の番が来たら、ちゃんと起こしてくれと言っただろう?」
起きれなかった自分が悪いのだが。
焚火の前で胡坐をかく男に、苦情めいた声をかける。
カインはこちらを一瞥もせず、焚火へと向き合ったまま答えた。
「どうせ眠れぬのだから、俺が番をしたほうが無駄がない。お前も寝てろ」
声には生気がなく、眼窩が深く落ち窪み、濃い隈のできた横顔は、まるで死相が出ているようだった。それでいて、火を映した瞳だけは、怒りとも悲しみともつかぬ色で煌々と輝いている。
〈影〉の兵たちにしたように、「王子命令」を発動する気にはなれなかった。
俺も、膝を抱えてカインの横に腰を下ろした。
眠れない理由は察しがつく。言ってよいものかどうか、しばらく迷い、思い切って口を開いた。
「お前のせいではない」
カインが身を強張らせた気配がする。
かまわず、同じ言葉を繰り返した。
「騎士たちが命を落としたのは、お前のせいではない……。だから、自分を責めるな」
負傷した者たちが時折り洩らす呻き声や、遠くの森で響く狼の遠吠えが、沈黙を埋める。
「……俺のせいだ」
随分と時間をかけて返って来たのは、予想通りの答えだった。
「お前もわかっているだろう? 賊は、明らかに俺を狙っていた。あの者達は巻き込まれただけだ。俺を葬るための陰謀に巻き込まれ、俺の代わりに犠牲になった。俺以外の誰のせいだというのだ」
訥々と絞り出される自責の言葉に、ひどく胸が痛んだ。
それを言うなら、こうなった原因の大元は俺にある。
元々の小説のストーリーでは、カインが視察団の隊長になることも、部下を率いて辺境伯領に遠征することもなかった。今回犠牲になった騎士たちも、もしかしたら、襲ってきた賊たちも。本来のストーリー通りなら、もっと長く生きられたはずだ。
死ななければならなかった者たちへの贖罪の気持ちは、俺の中にもある。もっと他に、誰も犠牲にならずにすむやり方があったんじゃないかという後悔も。でも、本来のストーリーにはなかったこの遠征が、余計なことだったとも思えない。
細く息を吸い、吐く。
先ほどよりも更に時間をかけて迷い、言葉にすることを決めた。
「それは……傲慢というものではないか?」
声になったときの言葉の強さに、自分でも一瞬怯む。カインが初めてこちらを見て、ちゃんと言葉が届いていることに、背中を押された。
こんなことを言う自分こそが傲慢だと思いながら、それでも、聞いて欲しい思いがあった。
「確かに、どこぞの誰かが、カインを狙って、賊を雇ったのかもしれない。けれど、彼らが命を落としたのは、君のせいでも、君のためでもない。彼らは、騎士という職務に殉じたのだ。彼らが命を捧げたのは国で、その国に暮らす、彼らの愛する人たちのためだ。自らの意志で、命を懸けて、理不尽と戦ったのだ。決して、君の戦に巻き込まれたわけでも、たかが君一人のために命を落としたわけでもない」
自分が楽になるために、そう言い訳しているだけかもしれない。ただ、そう思わなければ、あの者達が報われない気がした。
茫洋としていた切れ長の目が、軽く見開かれる。ようやくその焦点が俺を捉えたかに思えたら、みるみるうちに潤み、焚火を映した橙色の雫を溢れさせた。
咄嗟に顔を逸らそうとしたカインの頭を強引に引き寄せ、伸ばした膝の上に乗せる。武士の情けで、マントを引き上げて、顔を覆ってやった。
「寝不足で落馬して命を落とすようなことになったら、あの者達に顔向けできないだろう? 特別に王子の膝を貸してやるから、今はもう何も考えずに目を閉じていろ」
マントの下で、肩が小刻みに震える。
嗚咽が寝息へと変わるまで、俺はマント越しに、カインの背中を撫で続けた。
近くに積まれた小枝を時折り火に差しくべ、ぱちぱちと爆ぜる小さな炎を眺めながら、自分の中に、一つの決意が固まるのを感じていた。
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