侍従でいさせて

灰鷹

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舞踏会の夜に

舞踏会の夜に(8)

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「くくくくっ」

 ユリウスに剣を突きつけた騎士団長が不穏な笑い声を上げる。

「ずっとあなたの弱みを探していたが、まさかこんなものだったとはね。貴族の庶子がなぜ軍営で使用人として働きたがるのか、おかしいとは思っていたんだ」

 「弱み」と聞き、先ほどの騎士団長の行動を思いだした。「オメガか?」と訊かれて匂いを嗅がれ、うなじを見られたことを。

「ち……。ちがいます……」

 喋ったせいで少し皮膚が切れたらしく、喉元に鋭い痛みを感じた。

「僕と王弟殿下は、姉の夫の従兄弟という関係以外、何の縁もありません」

「ユーリ! 危ないから喋るな!」

 ユリウスの言葉を真っ向から否定するような悲痛な声を、殿下が放つ。

 ――どうして。
 こんなときまで、その優しさを捨てようとしないのか。たかが、従兄弟の義弟おとうと相手に。

「ウェルナー辺境伯」

 騎士団長が、殿下の後ろにいる辺境伯に声をかけた。
 
「あなたも剣くらい使えるでしょう? 早くそこらへんの剣を拾って、この者を人質にケースダルムの使者を地下通路から逃がしてください。あの手土産があれば、すぐに兵をこちらに派遣してくれるでしょう。城を取り囲む辺境伯軍の兵たちも、自分たちだけで真っ向から隣国と戦はしたくないはずだ。ケースダルム軍と対峙すれば、一旦、兵を引くでしょう」

 辺境伯が跪いている兵士の顔色を窺いながら、その者が手にしていた剣を拾う。
 このような大それた陰謀に加担するわりに、彼自身は豪胆な人間ではないのだろう。
 辺境伯は剣を構え、背中で壁を這うようにして殿下の傍を通り過ぎ、ユリウスの背後に回ると、襟を掴み首に剣をあてた。騎士団長は剣の向きを殿下へと変える。


「お前はそこに跪け」

 殿下は言われるがままに床に跪いた。肩を思い切り蹴られて体が横へと傾ぎ、床に倒れ込む。

「ライニ様!」

「殿下!」

 ユリウスと同時に声を上げたのは、辺境軍の兵たちだ。今や彼らの敵は、王弟殿下ではない。
 腰を浮かし、今にも騎士団長に向けて剣を向けようとする兵たちを、殿下が一喝する

「お前たちは動くな!」

「くくくっ。アルファというのも優秀なようでいて厄介だな。つがいを人質に取られただけで、このように無様な姿をさらすとは。最も私は、そのような愚か者には成り下がらないがな」

 ――やはり。
 うなじを見られたときに、噛み痕に勘付かれていたらしい。

 殿下がユリウスを命懸けで守ろうとする理由が、つがいだからなのか従兄弟の義弟おとうとだからなのか、あるいは他の理由があるのか、今はどうでもよかった。

 ライニ様が生きてさえいてくれれば。
 もう一生会えなくても、顔も見たくないほど疎まれてしまってもいい。
 
「早くそいつを連れて行ってください。私もこの男を殺してからすぐに追いかけます。つがい持ちですがオメガなので、性奴隷くらいにはなるでしょう。手土産に加えてやると、多少は喜ばれるかもしれません」

 辺境伯がユリウスの首に剣を当てたまま、「来い」と強引に引っ張っていこうとする。

「その者は、公の正式な跡取りです。ゆめゆめ手荒なことはなさいませんよう」

 背後に響いた殿下の声に、辺境伯が動きを止めた。
 体ごと、振り返る。

「どういうことだ?」

「言葉の通りです。公自身がよくご存知でしょう?」

 ユリウスにも殿下の言っていることの意味はよくわからなかった。
 ただ、辺境伯に隙ができたことはわかる。

 首筋に剣を当てていた腕を振り払う。
 刃が腕をかすめ鋭い痛みが走ったが、痛みそれを無視し、殿下に剣を向ける騎士団長の右腕に飛びかかった。

 剣を奪おうとしたが、ユリウスの力では一瞬しがみつくだけで精一杯だった。その腕を大きく振られ、石壁に叩きつけられて後頭部を激しく打ち付ける。

「ユーリ!」

 床に倒れた衝撃を感じなかったから、誰かが咄嗟に抱き留めてくれたのかもしれない。
 殿下が腰を浮かせ、立ち上がりかけた低い姿勢で騎士団長に突進していくのが見える。その背中に、剣が振り下ろされる。

 頭を打った影響か、その光景が急速に暗くなり、意識が遠のいていく。

 ……あぁ……僕はやっぱり……、今回も役に立てなかったのか…………。

 絶望に近い無念さの中で、ユリウスは意識を手離していた。




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