侍従でいさせて

灰鷹

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舞踏会の夜に

舞踏会の夜に(1)

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 庭園で殿下に遭遇した翌日。ユリウスは仕事の合間に一人の騎士から呼び出された。
 初対面のその人は、ユリウスが故郷へ帰る際に、護衛として送り届ける任務を副団長から命じられたという。
 断ったが、任務を果たさねば自分は除隊させられると言われれば、頑なに突っぱねるわけにもいかない。
 「では、帰郷の予定が決まったら、お声をかけます」と言って、それまでの間は騎士団の任務に戻ってもらうことにした。

 護衛の騎士を寄越してきたのは、ユリウスの身を案じてくれていることが一番の理由だろうが、もしかしたら、護衛以外に「見張り」の目的もあるのかもしれない。
 「都に残る」と言っていたのに、殿下を追ってこんな辺境地まで来てしまった。その所為で、殿下に信用されていないのかも。ちゃんと故郷に戻るか、見届けさせたいのだろう。
 殿下のあの冷たい眼差しを思い出し、そんな穿った見方をしてしまう。

 今になって思い返すと、都に残るか故郷に帰るか二つの選択肢を与えられ、都に残ることを伝えたとき、殿下はどことなく不服そうな顔をしていたようにも思える。
 使用人をつがいにしたことを「外聞が悪い」と言っていたし、その相手が帝都や自分の身の回りをうろうろすのは、あまり気分のいいものではないのだろう。ユリウスが故郷でつつましく暮らすことが、殿下の望みなのだと思った。

 殿下のために、早急に故郷に帰らなければならないことはわかっている。
 ただ、毎日の忙しさと使用人の仕事量の多さを思うと、かわりの人がいないのに働き出して早々にやめますと言い出すのはかなり心苦しい。ずるずると予定を先延ばししているうちに、あれから1週間が経ってしまった。

 フリッツは顔を合わせるたびに、まだいるのか? と言いたげな顔で見てくるが、それを口に出したことはない。
 アルミンの話では、殿下はあの日以降、食堂には姿を見せていない。騎士団長のように部屋に食事を運ばせているわけでもないから、もしかしたら別のところで食べているのかもしれない。別のところ――と考えて浮かんでくるのはカレンの顔で、それ以上理由を考えるのはやめた。

 いつまでも結末を先延ばしするわけにもいかない。
 それに喫緊の問題として、周期が早ければ、もうすぐ三か月に一度の発情期ヒートが来る。つがいができたことでフェロモンが他のアルファやベータに影響しなくなっているといっても、宿舎の大部屋で欲情の嵐をやり過ごすことは難しい。
 元々、発情期ヒートの間は、家の事情で故郷に帰ったことにして、近くの宿で過ごそうと考えていたが、それを待たずに故郷に帰るほうがよいのだろう。
 近々、お城で舞踏会がある。それに向けて仕事が増えているため、舞踏会の後片付けまで終わったところで使用人をやめることにした。あらかじめ話しておいたほうがよいだろうから、今日のうちに従僕長に伝えにいこうと思っていた。
 

 ユリウスは昼食を食べたあと、キリのいいところで少しだけ仕事を抜けて、従僕長の執務室を訪ねた。部屋をノックし、中から声がかかるのを待って、扉を開ける。

「従僕長。少しご相談したいことがあるのですが、今よろしいでしょうか?」

「なんだね? 半時後に騎士団長が来る予定だが、それまでなら大丈夫だ。ひとまず入りたまえ」

「ありがとうございます。お時間はそれほどいただきません」

 足を踏み入れたユリウスは、その足先の床に小さな草の葉が落ちているのを認めた。見覚えがあったため、なんとなく気になってポケットへと入れる。

「ん? どうした?」

「いえ。埃が落ちていただけです」

「そうか。今日は来客の予定があって、掃除を断っていたからな」

 『葉』ではなく『埃』と説明したのは咄嗟の判断だったが、書類仕事しかしないはずの従僕長の執務室に草の葉が落ちていることに違和感を覚えたのだろうと、自分の無意識の行動に遅れて理由をつけた。

「それで、相談とは何だね?」

「実は……、」

 と話を切り出したとき。背後の扉が勢いよく開く音がした。




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