売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

文字の大きさ
58 / 83
舞踏会の夜に

舞踏会の夜に(4)

しおりを挟む


 

 じたばたともがいても身動きが取れない。後ろから羽交い絞めにされていた。鼻と口も塞がれ、「んーーー」というくぐもった呻き声しか洩らせない。
 女中メイドにばかり意識がいって、背後から人が近付いていたことには全く気付かなかった。

 ――この匂い……!

 勉強も武芸もてんで駄目だったけど、人より鼻がいいことはユリウスの数少ない長所の一つだ。体臭で、背後にいる人物が誰かを察することができた。

 女中メイドが扉の前に行き、ノックし、すぐに部屋へと入っていく。
 隣に人が立つ気配がした。

「副団長が酒を飲んだらすぐに部屋から出るようにあの女には言ってある。あの女が出てきたら、襲撃する」

 その言葉でようやく、暗殺されようとしているのが誰かを確信した。
 横目で見上げた先ににいたのは、騎士団長だった。
 背後にも人の気配がする。「襲撃する」と言っているからには、ユリウスを羽交い絞めにしている人物以外にも他に襲撃者がいるのだろう。

「だから、早くここを離れるように言ったのに」

 羽交い絞めにしている男が、ぼそりと耳元で呟いた。
 その声はどこか口惜しそうで、彼が好き好んで陰謀に加担しているのではないことは感じ取れる。けれど、拘束する腕の強さは、ユリウスが必死にもがいたところで容赦はなかった。

「助けを呼びに行かれるのは面倒だから、そいつは先に殺すか」

 人を人とも思わない冷ややかな声で団長が言った。
 一拍の間をおき、背後の男が、「――いや」と首を振った気配がする。

「この者と王弟殿下は以前からの知り合いで、殿下もこの者の身を案じているようでした。生かしておけば、いざというときに人質になるやもしれません」

 それは嘘だ。
 彼――フリッツには、ラインハルトに邪険にされ、即刻、城から出るように言われたのを聞かれている。
 ユリウスをかばってくれたのかもしれない。でも、遅かれ早かれ、ラインハルトが殺されれば、ユリウスも口封じのために殺される。

 今にもライニ様が毒を飲もうとしているかもしれないのに。僕は何もできないのか――⁉

 自分の無力さに、涙が溢れた。

 ライニ様、ライニ様、ライニ様……。

 頭の中でなら、何度もその名を呼べるのに。
 せめて呻き声で危険を知らせられないかと思ったけど、部屋まで距離があるのと厚い扉に阻まれ、無理そうだった。

 神様――。
 僕はどうなってもいいから、どうかライニ様をお救いください!

「――ん? なにか甘い匂いがしないか?」

 ふいに騎士団長がそう言ったが、鼻を塞がれているためユリウスにはわからない。

「お前、もしかしてオメガか?」

 騎士団長がユリウスの髪に鼻先を近づけてくる。
 燭台の明かりを近づけられたのか頭上が明るくなり、シャツの襟の後ろをぐいと引っ張られた。

 その瞬間、口を塞いでいた手の力が少しだけ緩んだ。
 口をこじ開け、塞いでいた掌に思いっきり噛みつく。

「いてっ」

 掌と口の間に隙間ができ、ユリウスは叫んだ。

「ライニ様、酒を飲まないで! 毒入りです!」

 直後、扉が開き、ラインハルトが飛び出してきた。

「ユーリ!」

 まだ毒は飲んでいなかったと一瞬安堵したが、状況は依然として絶望的だった。
 「くそっ」と罵声を吐き、騎士団長が腰から剣を抜き、前方へ向ける。

「行け!」

 背後で一斉に剣を抜く音がし、騎士団長と、ユリウスを羽交い絞めにしている男だけをその場に残し、他の者達が走り出した。

 舞踏会のために正装をしているラインハルトは何も武器を持っておらず、すぐにその周りを10人ほどの剣を抜いた兵士たちが取り囲んだ。服装からすると騎士団の騎士ではなく、全員が辺境伯軍の兵士のようだった。


しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

結婚間近だったのに、殿下の皇太子妃に選ばれたのは僕だった

BL
皇太子妃を輩出する家系に産まれた主人公は半ば政略的な結婚を控えていた。 にも関わらず、皇太子が皇妃に選んだのは皇太子妃争いに参加していない見目のよくない五男の主人公だった、というお話。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか

まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。 そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。 テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。 そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。 大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。 テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。

処理中です...