侍従でいさせて

灰鷹

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第5騎士団

第5騎士団(5)

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「私たちはこの年ですから一緒に行くことは難しいですが、ユーリ様はお連れになった方がよろしいのではありませんか? ライニ様のお世話をする人が必要でしょう?」

 言葉を失くしたユリウスにかわり、エレナが口を挟んでくれる。
 殿下が、わずかに視線を揺らしたかに思えた。

「危険を伴うため、一緒に連れて行くことはできない。身の回りの世話は近侍の兵がやってくれるから、心配いらない」

 それ以上、主の目を見つめ返すことができず、ユリウスは顔を俯かせた。

 都に残るか故郷に戻るか――。ただそれを決めればいいだけなのに、頭と心がばらばらになったみたいに、考えがまとまらなかった。

「第5騎士団の軍営のあるウェルナー辺境伯領はお前の故郷に近いから、お前が故郷に戻るなら、任務が休みの日には俺も会いに行ける。都に残りたいと言うのなら、それでもかまわない。エイギルには、お前のことも頼んである」

 殿下の言葉が右の耳から左の耳へすり抜けていく中で、『ウェルナー辺境伯』という単語が、ユリウスの頭に引っかかった。

 トマスが言っていた、「ライニ様がなんとかって辺境伯の娘婿になるって噂」の「なんとか」の部分に、「ウェルナー辺境伯」という単語がしっくりと重なった。
 ウェルナー辺境伯には、ユリウスと同じ年ごろのオメガの令嬢がいたことを思い出したのだ。ユリウスと違って貴族だから、選定の儀には参加していない。
 騎士団の軍営が置かれるくらいの、北の防衛を担ってきた、力のある辺境伯だから、そのご令嬢となると王弟殿下とも身分が吊り合うのだろう。

 ウェルナー辺境伯領は、ユリウスの故郷であるカッシーラー辺境伯領と隣接していて、辺境伯同士の関係も良好だ。そのため、カッシーラー辺境伯の甥であるエイギルの結婚式には、ウェルナー辺境伯とその令嬢も招かれていた。
 親子については記憶にないが、弟が「ウェルナー辺境伯の令嬢は絶世の美女だ」と大騒ぎしていたのを覚えている。

 エイギルの従兄弟であるラインハルト殿下も、あの結婚式に参列していたという話だった。そうであれば、ウェルナー辺境伯令嬢と殿下は、あのとき同じ場所に居合わせていたことになる。もし顔を合わせていたなら、美男美女同士、惹かれ合う可能性も十分あるだろう。
 あるいは、エイギルの結婚式以外でも、夜会やら舞踏会やらで顔を会わせる機会もあったのかもしれない。

 そう考えたら、今しがた殿下が言った、『第5騎士団への転属は俺がずっと希望していた』という言葉も、殿下が今までずっと選定の儀に参加してこなかったことにも、納得がいった。
 婿入りの噂が事実かどうかはわからないけど、少なくとも殿下の心の中には、長年思いを寄せている誰かがいたのではないか――……。

 オメガは、生涯に一人しかつがいを持てないが、アルファは複数のオメガとつがいになれる。だから、ユリウスとつがいのままでも、殿下がウェルナー辺境伯令嬢を妻にし、つがいにすることは可能だ。
 相思相愛の相手をつがいにするのだ。そうなればすなわち、ユリウスとのつがい関係は解消されたも同然だった。

 それでも、せめて二人が正式に結婚するまでの間だけでも、侍従として殿下の役に立てるのなら、それでよかった。
 でも、侍従としても必要ないと言われてしまった今……。殿下の傍に、ユリウスの居場所は完全になくなってしまった。


 テーブルの下で、衣をぎゅっと握りしめる。
 口を開けば泣き声になってしまいそうで、何度か浅い呼吸を繰り返した。

「でも、ライニ様。ユーリ様はライニ様のつが……」

 つがいですから。とエレナが言おうとしている気配を察し、ユリウスはそれを遮るように、震えそうになる喉に力を込め、声を発した。

「少し……考えさせてください……」

 侍従として必要とされていないのに、つがいだから傍に置いてもらうのは、オメガという性を武器にしたかせでしかない。
 それだけは、嫌だった。

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