侍従でいさせて

灰鷹

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第5騎士団

第5騎士団(3)

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 また今回も手の届かない相手かと、恋心を自覚するのと同時に失恋の痛みも覚えたけど。今回は、近くで見ていることが辛くなったときは、侍従をやめるという選択肢がある。エイギルや姉やその子供達のように、一生付き合っていかなければならない相手ではない。
 そう思ったら、一度目より気楽でもあった。
 その頃には料理や洗濯も今より上手くなっているだろうし、殿下とつがいになったことでフェロモンが他のアルファやベータに影響しなくなっているから、侍従をやめたとしても働き口は他にも見つかるはずだ。

 それに、今のところ殿下には妻も妾もいないため、エイギルのときのように好きでいるだけで誰かを裏切るわけでもない。侍従から好意を寄せられているなんて主は知りたくもないだろうから、気持ちを隠さなければいけないのは、今回も同じだけど。

 自分にできることは、侍従として仕えている間、殿下の役に立てるように、精一杯働くことだけだ。そう思ったら、気持ちを自覚する前と何も変わらないように思えた。

 殿下に頭を撫でられても、あからさまに喜びを顔に出さないように。殿下を熱っぽい視線で見つめないように。それだけ気をつけて、毎日を懸命に過ごしているうちに、いつのまにか、都に来てひと月が経っていた。



 昼餉の後の休憩時間には、庭にいるのがユリウスの日課になっている。
 この時間、いつもワーグナー夫妻の息子のトマスが、食材やら馬の餌やらを運んでくる。ユリウスは滅多に家の外に出ることがないから、荷物を運ぶのを手伝いながら、町の人たちの話を聞くのを毎日楽しみにしている。
 しかし、いつもは陽気な声で挨拶をしてくる彼が、今日は姿を現したときから、何やらそわそわした様子だった。

「ライニ様がなんとかって辺境伯の娘婿になるって噂を聞いたんすけど、本当ですかい?」

 開口一番に放たれたその言葉は、ユリウスにとってあまりにも唐突で、最初は何を言っているのか理解できなかった。

 言葉を理解すると同時に、体中の血がサーっと一気に足元下りていく感覚がする。
 一瞬、目の前が真っ暗になりかけたが、咄嗟に荷車の荷台に両手をつき、しゃがみ込んだため、倒れずにすんだ。

「ユーリ様! どうしました? 大丈夫ですかい?」

 しばらくじっとしていると、血の気が少しずつ戻り、吐き気や体の揺れも治まってきた。ただ、心臓のバクバクした鼓動だけは、なかなか収まりそうになかった。

「は……はい。最近、暑くなってきたから、立ちくらみしたようです」

 何とかそれだけ返すと、トマスが心配してユリウスを支え、軒下まで連れて行ってくれた。

 その後、体調が戻ったふりをして、トマスといつも通りの他愛ない話をしたはずだが、その内容はほとんど覚えていない。

 ライニ様の婚姻。
 覚悟はしていたけど。
 まさかその日がこれほど早く来るとは、思ってもいなかった。

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