売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

文字の大きさ
15 / 83
働かせてください!

働かせてください!(2)

しおりを挟む



 執事と侍女らしき二人に案内され、小窓と壁掛けの燭台が等間隔で並ぶ廊下を奥へと進む。エイギルの屋敷と違い、絵画や彫刻といった装飾の類は一切ない。
 埃っぽさやカビ臭さはなく、家の中はよく掃除が行き届いているようだ。しかし、ところどころ壁の漆喰が剥げ落ちて煉瓦が剥き出しになっているところもあり、古さや劣化は外から見た印象と変わらない。

 他に人がいる気配もなく、もしかして使用人は二人だけなのかと不安になる。これだけ広い屋敷に年老いた使用人二人は少なすぎる。手が回らないのも当然と思えた。というか、それほどお金に困っているのに僕を雇って大丈夫だったのだろうかと、余計な心配までしてしまう。

 いくつか扉を通り過ぎ、廊下の奥に階段が見えてくる。その手前にある扉の開け放たれた部屋に通された。
 庭に面して大きな窓のある、日当たりの良い応接間だった。
 落ち着いた雰囲気で、床には手織りの絨毯が敷かれている。
 中央には無垢材のテーブルとその周りに椅子がいくつか並べられていて、壁際の暖炉の近くに長椅子ソファが置かれていた。

 調度品はどれも一級品のようなので、お金が全く無いわけでもなさそうだ。
 暖炉の反対側の壁には、女性の絵が飾られていた。
 他に装飾品や絵画の類はなく、それが唯一と言える。
 大きな襟ぐりのドレスに、エスコフィオンという、都で流行っているらしい動物の角みたいに両側が出っ張った帽子をかぶっている。帽子にもドレスにも宝石が縫い込んであり、家柄の良い貴族の女性のようだった。この国では珍しい黒に近い濃い髪色と涼しげな目元が、ラインハルトに似ている気がする。もしかしたら、彼の母君かもしれない。
 ラインハルトの母君はオメガで元々身体が丈夫でなく、兄である宰相の処刑からまもなくして病で亡くなられたと、エイギルから聞いている。

 主が不在の家で勝手に寛いでよいものか戸惑ったが、椅子に座るよう促されて、ひとまず腰を落ち着ける。侍女が一度いなくなり、すぐにお茶とお菓子を運んできた。
 ユリウスは客人ではない。従僕として雇われた身だ。
 主の不在中に使用人だけで応接間でお茶会をするなんて、ユリウスの実家では考えれられないことだった。しかし、二人が祖父母の年齢に近いせいか、すぐに使用人同士であることを忘れ、祖父母とお茶を飲んでいるような気分になった。

 改めて二人が自己紹介し、執事の男性はギルベルト・ワーグナー、侍女はエレナ・ワーグナーと名乗った。二人は夫婦らしい。エレナがラインハルトの母君の侍女をしていた縁で、今は夫婦そろって住み込みで雇われているのだそうだ。
 この屋敷で働いている使用人は二人だけだと聞かされて、もしかしたらそうかもしれないとは薄々思っていたが、思わず不安が顔に出てしまっていた。

「お二人……だけですか?」

 そこそこにお年を召した二人で、王弟殿下のお世話だけでなく家や庭の管理に馬の世話までして、王族の体面を保って家を切り盛りしていくことは、土台無理のある話に思える。そもそもの話、この庭木すらない古びた家で王族の体面が保たれているかというと、ユリウスにもわからないところではあるが。
 それに、いくら王都の治安がいいとして、王族の屋敷に警護の兵が一人もいないなんて、ありえるのだろうか……。

「坊っちゃま……って言ったら本人に叱られるんですけど……」

 エレナが口元に手をあて、ふふふ、と悪戯が見つかった少女のように笑う。

「坊っちゃま……ライニ様は宮廷にいた頃に命を狙われたことがあって、信用できる人しか傍におきたがらないんです。それでなかなか、他の使用人を雇えなくて……。わたくし共の息子が平民街で商売をしているので、食材や馬が食べる干し草なんかの必要な物は、息子や息子の店の者が定期的に届けてくれます。ライニ様も若いころ苦労なさったから、料理と洗濯以外のことはご自分でなさいますし、わたくし達の仕事はそれほど多くはありませんのよ」
 はぁ、とユリウスは曖昧に頷いた。

 しかしそれにしても、今が王弟ということは、先王の時代は王子だった人なのに。命を狙われたり、騎士となった今も、使用人もほとんどいないこんな廃れた家に住んでいるなんて。あの華やかな宮殿の裏に隠された闇を垣間見た気分だった。

「あの……、恥ずかしながら、僕は家ではほとんど仕事や家事をしたことがなくて……、薬草が好きなので土いじりはよくしていましたけど……。でも、洗濯でも料理でも、何でも頑張りますので、色々教えてください!」

 あら、まぁ。とエレナは驚いたように片手を頬にあて、夫であるギルベルトと顔を見合わせた。

「ユリウス様にそんなことさせられませんわ。ユリウス様は、この家にいてくださるだけでいいんです」

 昨日のラインハルトも、ユリウスをひとまず預かるという感じだった。使用人として働かせるつもりはないのかもしれない。
 しかし、いくら従兄の義弟でも、言われたとおりに何もせず、タダ飯を食らい続けていれば、そのうち故郷に返されてしまうだろう。それに陛下から下された密命もある。きっと従僕として働くほうが、ラインハルトの行動を観察しやすい。

 ユリウスはソファから立ち上がり、二人に向かって深々と頭を下げた。

「僕は従僕として、ライニ様の役に立ちたいんです! どうか、僕に仕事を教えてください!」
「ま……、まぁ! ユリウス様、頭をお上げください!」

 そろそろと頭を上げると、夫婦が困ったように顔を見合わせている。
 夫のギルベルトが、観念したように口を開いた。

「では……、そうですね。徐々に仕事をお教えしましょう。まずはライニ様のお着替えや、水浴びのお手伝いからお願いします」
「家事は身につけておいて損することはありませんからね」

 二人から柔和な笑みを向けられ、ユリウスはホッと胸を撫で下ろす心持ちで肩の力を抜いた。

しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか

まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。 そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。 テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。 そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。 大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。 テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

処理中です...