令和の時代に忍者やってます

無月兄

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第26話 稲葉を倒せ

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 今頃ユキちゃんは、沖君が逃がしてくれているはず。そう思っていたのに、そのユキちゃんが現れた。

(どうしてここに来たの? 沖くんはなにやってるの?)

 パニックになりながらあれこれ考えるけど答えは返ってこない。そうしている間に、稲葉が動いた。

「ちゃんと縛っておいたはずたが、どうやって抜け出した?」

 稲葉も驚くけど、すぐに動いてあっという間にユキちゃんの体をつかむ。

「きゃっ!」

 悲鳴をあげるユキちゃん。なんとか助けようと思ったけれど、痛みで上手く体が動かない。
 どうしよう。せっかく助けにきたのに、これじゃ全部ムダになっちゃう。

 だけどその時だった。ユキちゃんが、みるみるうちに姿を変えていく。
 小さかった体が、どんどん大きくなっていく。

「なに!?」

 これは、変化の術だ。もちろん、ユキちゃんはそんなの使えない。ってことは、今までユキちゃんだと思ってたのは、もしかして……

「沖君? 沖君なの!?」
「俺以外、誰がいるって言うんだよ!」

 やっぱりそうなんだ。
 ユキちゃんに化けていた沖君が、再び化けた姿。それは、稲葉と同じような、大きな大きな熊だった。

 そして驚く稲葉を、思いっきり殴りつける。

「ぎゃぁぁっ!」

 稲葉も、こんなことになるなんて思ってなかったんだろう。熊になった沖君のパンチをまともに食らって吹っ飛ばされた。

「無事か、芹沢?」
「う、うん。だけど、ユキちゃんはどうしたの?」

 こんな時でも、まず気になるのはユキちゃんのこと。沖くんが逃がすはずだったのに、どうしたの?

「ここから連れ出した後、一人で逃げるように言った」
「一人きりで!?」

 それじゃ、今とても心細い思いをしてるんじゃないかな。そんな考えが頭をよぎる。

「それは悪かったって思ってるよ。でも師匠も言ってただろ。作戦よりも、その場の判断が最優先だって。現に、助けに来てよかっただろ」

 それは、本当にそう。わたし一人なら、勝つのはもちろん、きっと逃げることだってできなかった。

「ありがとう、沖君」
「そんなのいいから。それより、稲葉を倒すぞ」

 沖君の言う通りだ。稲葉は吹っ飛ばされはしたけど、まだ熊の姿のまま、立ち上がってくる。

「ガキが! 痛い目にあいたいようだな!」
「芹沢、下がってろ!」

 沖君も熊の姿のまま、わたしを庇うように立って、稲葉と向かい合う。

 二人とも似たような姿なんだから、力は互角。なんて単純な話ならいいけど、そうとは限らない。
 変身する前は、多分稲葉の方が力はあるだろうから、今だって稲葉の方が有利かもしれない。
 わたしにいたっては、腕力の差は比べるまでもない。きっと、まともにやり合ったら勝負にもならない。
 だけどね。それでも、下がってるなんてできない。わたしだって、できることはあるの!

「やあっ!」

 稲葉が沖君に殴りかかる直前、さっきと同じように、鉤縄を投げて腕に絡ませる。
 今の稲葉相手に、こんなので動きを封じるなんてできないのはわかってる。だけどほんの少し鈍らせることはできる。
 そして沖君は、その隙を逃しはしなかった。

「はぁぁぁぁっ!」

 沖君の拳が、稲葉の顔や腹に、次々に命中する。
 それでも稲葉は反撃しようと腕を振るけど、わたしの鉤縄が、必死でそれを押える。
 そしてもう一度、沖君の渾身の一撃が放たれ、またも大きく吹っ飛ばされた。

「うわぁぁぁぁっ!」

 声をあげ、倒れる稲葉。それから、変化の術の効果が切れたのか、人間の姿に戻って、そのまま動かない。

 それから少しだけ遅れて、私たちもペタンと床に座り込んだ。
 二人とも息も絶え絶えで、まるでなんキロも全力で走った後みたい。沖君も、熊から人間に戻ってる。

 もしまた稲葉が起き上がってきたら、今度こそどうすることもできないだろう。それくらい、わたしたちは疲れきっていた。

「はぁ……はぁ…………やったの?」
「……だと思う」

 稲葉を見ると、もうボロボロ。これならさすがに大丈夫だろうと、ホッと胸をなでおろす。
 稲葉を倒したんだって、嬉しさが込み上げてくる。

 だけどどうやら、安心するのはまだ早かったみたい。
 その時、今まで動かなかった稲葉の体が、かすかにゆれた。

「あ……あ…………」

 そんな声をあげたのは、わたしと沖くんのどっちだっただろう。震えるわたし達の目の前で、稲葉は再び、ゆっくりと立ち上がった。

「お前ら……殺してやる…………」

 立ち上がったとは言っても、今の稲葉はいつ倒れてもおかしくない様子だった。多分あと一回でもダメージを与えたら、今度こそ本当に倒すことができる。それくらいにボロボロだった。

 だけどわたし達も、全部の力を使ってまともに動けない。そんな中で、怒りに燃えた稲葉の姿は、震え上がるには十分だった。

(ごめん、お父さん。無事帰るって任務、守れないかも)

 諦めの気持ちが、頭を過ぎる。
 寄り添うように沖と体をくっつけ後ずさると、彼も震えているのが分かった。こんな絶体絶命の状況なんだから当然だ。
 自然と手をにぎり合ったわたし達は覚悟を決め、顔をふせた。だけど────

 あと一歩ってところで、ゴンッっていうにぶい音がして、突然稲葉が床に倒れた。

(なに!?)

 何度も立ち上がってきた稲葉もとうとう限界だったみたいで、今度こそピクリとも動かなくなっている。
 助かった。でもなんで?

 わけがわからずに顔を上げると、倒れた稲葉の後ろに、別の誰かがいた。

「ユキちゃん?」

 それは、ガクガクと震えながら短い木刀をかまえたユキちゃんだった。
 ピンチの場面でやって来たユキちゃん。まるで、さっき沖くんが助けに来た時みたいだ。


「…………ねえ。あれも、変化の術だったりする?」
「そんなわけないだろ。あの木刀は、何かあったときのためにと思って、オレがわたしたものだけど……」

 目の前でおこったことが信じられなくて、そんなことを小声で言い合っていると、ユキちゃんが言う。

「あの……逃げろって言われたけど、どうなったのか気になって、あなた達のことが心配で……それで戻って来たんだけど……ダメだった?」

 ユキちゃんは震えながら、ボロボロと涙を流していた。きっとすごく怖かったんだろう。なのにここまで来て、わたし達を助けてくれた。

「「ダメじゃない!」」

 声をそろえたわたし達は、気づけば疲れも忘れてユキちゃんに飛びついていた。
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