令和の時代に忍者やってます

無月兄

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第17話 幸せな夢

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 部屋に戻ってこっそりドアを開くと、ユキちゃんらスヤスヤと寝息をたててた。

「ちゃんと寝てるよ。さっきの作戦、できそうだよ」

 小声で、隣にいる沖君に囁く。
 あれから沖君と一緒に考え、なんとか新しい作戦を立てることができた。
 って言っても、基本的なところは変わらない。
 この作戦で大事なのは、沖くんだ。

「よし。それじゃあ、始めるぞ」

 沖君はそう言って、変化の巻物を構え、集中する。するとそのとたん、沖君の体が煙に包まれ、あっという間に姿が変わる。

 背のたかい、大人の男の人。服だってさっきとは全然違う。わたしが覚えてる、ユキちゃんのお父さんそのものだ。

「どうだ。似てるか?」

 沖君は、ユキちゃんのお父さんがどんな人か知らない。
 けど、わたしは会ったことがあるし、ユキちゃんと一緒に撮った写真に映っていたことがあったから、その写真を見せて、どういう人かもよーく話した。
 そこからイメージを膨らませて化けたんだ。

「大丈夫。そっくりだよ」
「よかった。けど、もしバレそうになったら、この作戦は即中止だ。そうでなくても、要にはこれから起きることは、全部夢だって思わせる」
「わかってるよ。夢の中でなら、なにが起きても大丈夫だからね」

 どんなにお父さんそっくりに化けても、帰ってこれないってわかってるから、絶対おかしいって思われちゃう。
 それじゃどうすればいいだろうって考えて、出した答えがこれだ。

 まずはユキちゃんを起こして、お父さんに合わせる。
 それから、ユキちゃんが変に思う前に、もう一度眠ってもらうの。
 次に目を覚ますのは朝。そうしたら、あれは全部夢だったんだって思うはず。

 眠らせるのは、忍者道具を使えばできるからね。

 全部夢ってことにするのは少し残念だけど、例え夢でも、ユキちゃんに嬉しい思いをさせたい。

 するとその時、それまで寝ていたユキちゃんが、うーんと声をあげた。
 まずい! ここで色々話し込んでたの、ダメだったかも。

「どうしよう。おきちゃう」
「油断して喋りすぎたな。しかたない、今から作戦開始だ」
「う、うん!」

 心の準備が全然できてないけど、こうなったらやるしかない!
 わたしがコソッと部屋の隅に隠れると、ユキちゃんはもう一度声をあげて、体を起こす。

「…………ここ、どこ?」

 寝ぼけてて、わたしの部屋に泊まってることも思い出せてないみたい。これは、夢だと思わせるには都合がいいかも。

 あとは、沖君がちゃんとユキちゃんのお父さんになりきれるかどうかだ。

「小雪──」

 ユキちゃんのお父さんに化けた沖君が、名前を呼ぶ。ユキちゃんがそれに気づいて、とたんにハッと息を呑むの。

「お父さん、どうして? お仕事で帰ってこれなくなったんじゃ?」
「鈴音に会いたくて、急いで戻って来たんだよ」

 ユキちゃんは驚いてるけど、まさか沖君がお父さんに化けてるなんて、思ってもみないだろうね。

 ちなみに、沖君の耳には小さなイヤホンがついていて、わたしがスマホを使って、なんて言うか伝えてるんだ。

 こんな時、ユキちゃんのお父さんならなんて言うか。一生懸命、だけど素早く考え、沖くんに伝える。

 だけど、これも長くは続かないかも。元々ありえない状況なんだし、あんまり喋りすぎるとボロが出そう。

 だからそうなる前に、用意しておいたもうひとつの仕掛けを使う。

「沖君、今だよ」

 わたしが合図を送ると、ユキちゃんのお父さんに化けた沖君が、後ろでこっそり、変化の巻物を握る。
 そして、また別の人に変化する。
 するとそれ見たユキちゃんは、さっきまでよりもずっと驚いて、大きく目を見開いた。

「お、お母さん──?」

 沖君が化けたのは、ユキちゃんのお母さん。
 お父さんはともかく、亡くなったお母さんがいるなんて、どう考えてもおかしいよね。ユキちゃんが驚くのも当然。
 でもいいの。だって、これは全部夢なんだから。

「そ、そんなわけないよね。だってお母さんは、何年も前に……」
「ええ、そうね。おかしいわよね。けど、これは夢。ユキにまた会いたくて、夢の中にお邪魔させてもらったわ」
「ゆ、夢? そっか、そうだよね。こんなこと、本当にあるわけないよね」

 ありえないこと。だからこそ、ユキちゃんも夢ってことで納得したみたい。

 どうせ全部夢にするなら、ありえないくらい楽しい夢を見せてあげたい。そう思って、沖君と二人で相談したの。

 ユキちゃん、喜んでくれるかな。
 そう思った次の瞬間。ユキちゃんは涙を流しながら、沖君に、いやお母さんに抱きついた。

「ねえ、お母さん。夢なら、少しだけこうしていてもいい?」

 しがみつきながら、甘えるように言う。
 ユキちゃんのこんな姿、初めて見たかも。
 だってユキちゃんは、お母さんが亡くなってから、ずっといい子でいようとしてた。お父さんと会えなくて寂しかった時も、ワガママ言っちゃいけないって、いつもガマンしてた。
 けど本当は、こうして甘えたかったのかも。

 ユキちゃんのお母さんに化けた沖君に、イヤホンを通じて指示を出す。

「ユキちゃんの頭を撫でてあげて。それから、わたしが言う通りに喋ってくれる?」

 怪しまれるといけないから、沖君からの返事はない。だけど、ちゃんとわたしの言った通り、ユキちゃんの頭を撫でてくれた。
 さあ、次はセリフを伝えよう。

「寂しい思いをさせてごめんね。けど、鈴音のこと、ずっと見てたから」

 それを聞いた沖君が、一字一句同じことを、ユキちゃんに言う。
 わたしがユキちゃんのお母さんと会ったのは、もう何年も前。こんな時、ユキちゃんのお母さんならなんて言うかなんて、わたしだってわからない。

 だけど、もしわたしがユキちゃんなら、こんなことを言われたら嬉しい。
 そう思えるような言葉を、次々考える。

「鈴音は、お父さんのために、いつもいい子でいようとしてくれたわね。それに、ピアノの練習も頑張ってる。お菓子作りだって挑戦した。学校では、友だちみんなに優しくて、周りの人を笑顔にさせてる。全部知ってるから。本当にすごいわ」

 これは、わたしから見たユキちゃん。ユキちゃんには、こんなにたくさんのいいところや、頑張ってるところがある。
 ユキちゃんのお母さんなら、それをほめないはずがない。

「お母さん……」

 ユキちゃんの目からまた涙がこぼれて、いっそう強く抱きつく。
 そしてそんなユキちゃんの顔は、本当に本当に幸せそうだった。

 そんな時間がほんの少し続いたあと、部屋に甘い香りが広がった。
 実はこの香りの正体、わたしが炊いたお香なの。
 って言ってもただのお香じゃなくて、嗅いだ人を眠らせる効果がある、忍者道具のひとつなんだ。

 その効果は抜群で、ユキちゃんはとたんに目を閉じて、またスヤスヤと寝息を立てて眠り出した。
 
 わたしや沖くんは、修行でこのお香に耐性をつけてるから、ちょっと嗅いだくらいじゃ平気。
 だけど念のため、鼻をつまみながら、沖君に話しかける。

「もうちょっと、長くやってもよかったかな」
「いや。今あったのは全部夢ってことにするからな。あんまり長いと、おかしいと思われるかもしれない」 

 終わってしまえば、ほんの少しの短い時間だった。
 沖君は、ユキちゃんを布団の中に戻すと、化けるのをやめて元の姿に戻る。

「俺たちは普通の人間にはない力を持ってるけど、何でもできるってわけじゃないからな」
「そうだね。けど、やってよかった」

 ユキちゃんの笑顔を思い出す。
 たとえ短い時間でも、全部夢ってことになっても、あんな風に笑顔にさせることができたんだ。絶対、よかったに決まってる。

「だよな。俺もそう思う」

 そこまで話したところで、わたしも眠くなってきた。いつもならとっくに寝ている時間だし、無理ないか。

 沖君も同じみたいで、大きなあくびをすると、さっさと部屋に戻っていく。
 わたしも、自分の布団に入っていった。

 その隣では、ユキちゃんが幸せそうに眠ってる。
 今度の夢でも、お父さんやお母さんに会っているのかな?

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