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第8話 隠してた気持ち。気づいた気持ち。
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ここは、病院の屋上。
川井さんと裕二の二人が向かい合っている他は、誰もいない。
……ように見えるけど、本当のところは違う。僕と姉ちゃんが、物陰に隠れて二人の様子を伺っていた。
どうしてこんなことになったのか。それは、僕にもわからない。
ただ、川井さんが話をしたいと言って裕二を呼び出し、そして僕には、その一部始終を見るようにと言って、こうして隠れた場所に待機させた。
それ以外、詳しいことは何も聞いてない。いったい何をするつもりなのだろう。そう思って見守っていると、まずは裕二が喋り始めた。
「川井さん。面太郎と付き合い始めたって、本当なのか?」
そう言って、スマホのメッセージアプリを見せる。どうやら川井さんは、それを送って裕二を呼び出したらしい。
「ええ、そうよ。友達くんには色々協力してもらったから、報告しておこうと思って」
「なんで? だってあいつ、結局川井さんにはキュンとしなかったんだろ」
「デートの時はね。けど、池野くんのお見舞いに来て、色々話をしているうちに、池野くんもキュンとしてくれたの。私も池野くんのこと好きだし、あとはもう自然に付き合おうかってなったんだ」
言っておくけど、そんな事実はない。そりゃ、川井さんから付き合ってと言われたのは本当だけど、僕が川井さんにキュンとして、自然な流れでってのは嘘。
だけど裕二はそれを知らない。そしてもうひとつ。裕二はとても大事なことを知らないままだ。
「なんでだよ。見舞いに行ったなら、あいつの病気のことも知ってるだろ。あいつの心臓は、ドキドキしすぎると止まるんだよ。付き合ってたくさんキュンとしたら、死ぬかもしれないんだぞ!」
これだ。本当は、キュンによるドキドキなら、むしろ心臓は止まるどころか活性化する。だけど裕二はそれを知らない。僕が死んでしまうんじゃないかって、本気で心配している。
「裕二……」
思わず、飛び出して本当のことを叫びそうになる。だけどそれを、そばにいた姉ちゃんが止めた。僕の方をガッチリと掴み、小声で囁く。
「出ていっちゃダメ。川井さんと約束したでしょ」
「それは……」
姉ちゃんの言う通りだ。何があっても途中で出ていかないってのが、事前に川井さんと交わした約束だった。
だけど裕二の不安そうな表情を見ると、早くもその約束を破りそうになってしまう。
そして川井さんは、本当のことを話せば一気に解決するってのに、一切それを言おうとしない。いったい何を考えているのか。僕の疑問をよそに、二人のやり取りは続く。
「あら? 元々、私に池野くんをキュンとさせてくれないかって相談しにきたのは友野くんじゃない」
「それは、その通りだ。あいつ自身が、命が危険になるとわかっていてもキュンとしたいって思うなら、叶えてやるべきだと思った。けど、本当に苦しんでる姿を見て、怖くなった。だから頼む。自分で頼んでおいて、勝手なこと言ってるのはわかってる。けど、あいつをこれ以上キュンとさせるのはやめてくれ。この通りだ」
裕二はそこまで言うと、勢いよく頭を下げる。
もちろん本当は、裕二の心配してるようなことは起こらない。けどそれを知らない裕二にとっては、僕の願いと僕の命を生き長らえさせることは、相反するものだ。
だからこそこの件に関して、裕二はいつだって悩んで、そして真剣に考えてくれていた。キュンとしたいって僕の願いを叶えると言ったときも、そのために作戦を考えてくれた時も、やっぱり協力できないと言い出した時も、そして今も、その全部が、たくさん悩んで出した真剣な気持ちだ。
それが全部杞憂だったと思うと、申し訳なくなる。だけどなぜだろう。それと同じくらい、別の気持ちが込み上げてくるんだ。
その気持ちの名は、喜びだ。
「裕二……」
おかしいよね。あんなに悩んで迷って、時に傷ついてるのに、嬉しいと思うだなんて。だけど、こんなにも僕のことを思ってくれている。それがどうしようもなく嬉しくて、胸の奥がキュンと鳴る──って、キュン!?
今、僕はキュンとした? 何で?
自分の気持ちに戸惑う中、川井さんと裕二の話は続いていた。
裕二の訴えを聞いた川井さんが、こんなことを言う。
「ねえ友野くん。私と池野くんに付き合ってほしくないって思う理由は、それだけ?」
「なに言ってるんだ。それ以外にあるわけないだろ」
「本当にそう? 私と池野くんが仲良くなることに嫉妬するっていう気持ちが、ちょっとはあるんじゃないの? 最初はそれも仕方ないって思ってたけど、いざ本当そうなると、モヤモヤした気持ちが出てきた。違う?」
「なっ!?」
えっ、そうなの? 僕たちが仲良くしたら嫉妬って、それってつまり、裕二は川井さんが好きだったってこと?
もちろんそれは、川井さんの思い込みって可能性もある。だけど、それを聞いた裕二は、明らかにハッとした表情を見せている。
これは、間違いない? だけど次に裕二が言った言葉は、そんな僕の予想を覆すものだった。
「し、嫉妬って、なに言ってるんだよ。そんなわけないだろ。だって、だって──俺と面太郎は、男同士だろ!」
えっ、そっち!?
思ってもみなかった言葉に驚くけど、なぜだろう。どういうわけか、また胸の奥がキュンと鳴る。
「別に、男同士だからっておかしなことないじゃない。思えば、あなたの友野くんに対する献身的な態度を見た時から、なんとなくそんな気はしてたのよね。最初は、友達だからだと思ってた。けど池野くんが胸キュン行動をとる度にあなたまで悶えているのを見て、もしかしたらって思ったの。もしかしたら、あなた自身にその自覚はなかったのかもしれないけど、これを聞いた今ならどう? 本当に、嫉妬する気持ちがこれっぽっちもないって言えるの?」
川井さんはそう問うと、じっと裕二の答えを待つ。
裕二は最初こそ黙ったまま口を開こうとしなかったけど、顔には冷や汗を浮かべていて、動揺しているのが丸わかりだ。
そして一度大きく息を吐くと、観念したように小さな声で言う。
「そうだな。多分、川井さんの言う通りだ。俺、面太郎が他の誰かと特別仲良くなるのに、嫉妬してた。あいつがイケメンしぐさやる度に、キュンとしてた。俺、面太郎のことが好きだ」
キュン! キュン! キュンキュンキュ~ン!
どうしたんだろう。さっきから、胸が高鳴って仕方ない。
なんて、とぼける必要もないよね。僕の心の中に芽生えたこの気持ち。それはきっと、裕二と同じものだ。
だけど裕二は、僕がここにいて、こんな気持ちになっていることは知らない。
知らないまま、また川井さんに向かって頭を下げる。
「けど頼む。このことは、絶対秘密にしといてくれ。そして、やっぱりあいつと付き合うのはやめてくれ」
「あら、どうして?」
「面太郎はいいやつだ。そんなの、俺が一番よく知ってる。そんなあいつが俺の気持ちを知ったら、絶対困るに決まってるだろ。それに、川井さんと付き合ってキュンとしても、その度に死に近づくかもしれない。そんなのは嫌なんだ。俺はあいつが助かるためならなんでもやる。その結果嫌われたっていい。だからお願いだ。面太郎を、これ以上キュンとさせないでやってくれ!」
変な裕二。そう言ってる君が、誰よりも僕をキュンとさせてるってのに。
もう我慢できなかった。姉ちゃんを振り切り、隠れていた物陰から飛び出し、裕二の前に出る。
「裕二!」
「面太郎!?」
突然現れた僕を見て、驚愕する裕二。その驚きようと言ったら、ビックリしすぎて彼の方が死んでしまうんじゃないかと心配になるくらいだ。
「お前、いつからそこにいた? どこから聞いてた? い、いや。そんなことより、やっぱり俺は、お前に死んでほしくない。だから、キュンとするのはもう諦めて──」
「いいから!そういうのもういいから! 」
いい加減、僕がキュンとしたら死んでしまうという誤解を一人だけ続けているのは気の毒だし、これじゃちっとも話が進まない。
話そう。僕の病気、ドキドキハートシンドロームの真実を。
そしてもうひとつ。僕に芽生えたこの思いを。裕二のことがどれだけ好きかを。今、どれだけキュンとしているかを。
「あのさ、裕二。大事な話があるんだ」
川井さんと裕二の二人が向かい合っている他は、誰もいない。
……ように見えるけど、本当のところは違う。僕と姉ちゃんが、物陰に隠れて二人の様子を伺っていた。
どうしてこんなことになったのか。それは、僕にもわからない。
ただ、川井さんが話をしたいと言って裕二を呼び出し、そして僕には、その一部始終を見るようにと言って、こうして隠れた場所に待機させた。
それ以外、詳しいことは何も聞いてない。いったい何をするつもりなのだろう。そう思って見守っていると、まずは裕二が喋り始めた。
「川井さん。面太郎と付き合い始めたって、本当なのか?」
そう言って、スマホのメッセージアプリを見せる。どうやら川井さんは、それを送って裕二を呼び出したらしい。
「ええ、そうよ。友達くんには色々協力してもらったから、報告しておこうと思って」
「なんで? だってあいつ、結局川井さんにはキュンとしなかったんだろ」
「デートの時はね。けど、池野くんのお見舞いに来て、色々話をしているうちに、池野くんもキュンとしてくれたの。私も池野くんのこと好きだし、あとはもう自然に付き合おうかってなったんだ」
言っておくけど、そんな事実はない。そりゃ、川井さんから付き合ってと言われたのは本当だけど、僕が川井さんにキュンとして、自然な流れでってのは嘘。
だけど裕二はそれを知らない。そしてもうひとつ。裕二はとても大事なことを知らないままだ。
「なんでだよ。見舞いに行ったなら、あいつの病気のことも知ってるだろ。あいつの心臓は、ドキドキしすぎると止まるんだよ。付き合ってたくさんキュンとしたら、死ぬかもしれないんだぞ!」
これだ。本当は、キュンによるドキドキなら、むしろ心臓は止まるどころか活性化する。だけど裕二はそれを知らない。僕が死んでしまうんじゃないかって、本気で心配している。
「裕二……」
思わず、飛び出して本当のことを叫びそうになる。だけどそれを、そばにいた姉ちゃんが止めた。僕の方をガッチリと掴み、小声で囁く。
「出ていっちゃダメ。川井さんと約束したでしょ」
「それは……」
姉ちゃんの言う通りだ。何があっても途中で出ていかないってのが、事前に川井さんと交わした約束だった。
だけど裕二の不安そうな表情を見ると、早くもその約束を破りそうになってしまう。
そして川井さんは、本当のことを話せば一気に解決するってのに、一切それを言おうとしない。いったい何を考えているのか。僕の疑問をよそに、二人のやり取りは続く。
「あら? 元々、私に池野くんをキュンとさせてくれないかって相談しにきたのは友野くんじゃない」
「それは、その通りだ。あいつ自身が、命が危険になるとわかっていてもキュンとしたいって思うなら、叶えてやるべきだと思った。けど、本当に苦しんでる姿を見て、怖くなった。だから頼む。自分で頼んでおいて、勝手なこと言ってるのはわかってる。けど、あいつをこれ以上キュンとさせるのはやめてくれ。この通りだ」
裕二はそこまで言うと、勢いよく頭を下げる。
もちろん本当は、裕二の心配してるようなことは起こらない。けどそれを知らない裕二にとっては、僕の願いと僕の命を生き長らえさせることは、相反するものだ。
だからこそこの件に関して、裕二はいつだって悩んで、そして真剣に考えてくれていた。キュンとしたいって僕の願いを叶えると言ったときも、そのために作戦を考えてくれた時も、やっぱり協力できないと言い出した時も、そして今も、その全部が、たくさん悩んで出した真剣な気持ちだ。
それが全部杞憂だったと思うと、申し訳なくなる。だけどなぜだろう。それと同じくらい、別の気持ちが込み上げてくるんだ。
その気持ちの名は、喜びだ。
「裕二……」
おかしいよね。あんなに悩んで迷って、時に傷ついてるのに、嬉しいと思うだなんて。だけど、こんなにも僕のことを思ってくれている。それがどうしようもなく嬉しくて、胸の奥がキュンと鳴る──って、キュン!?
今、僕はキュンとした? 何で?
自分の気持ちに戸惑う中、川井さんと裕二の話は続いていた。
裕二の訴えを聞いた川井さんが、こんなことを言う。
「ねえ友野くん。私と池野くんに付き合ってほしくないって思う理由は、それだけ?」
「なに言ってるんだ。それ以外にあるわけないだろ」
「本当にそう? 私と池野くんが仲良くなることに嫉妬するっていう気持ちが、ちょっとはあるんじゃないの? 最初はそれも仕方ないって思ってたけど、いざ本当そうなると、モヤモヤした気持ちが出てきた。違う?」
「なっ!?」
えっ、そうなの? 僕たちが仲良くしたら嫉妬って、それってつまり、裕二は川井さんが好きだったってこと?
もちろんそれは、川井さんの思い込みって可能性もある。だけど、それを聞いた裕二は、明らかにハッとした表情を見せている。
これは、間違いない? だけど次に裕二が言った言葉は、そんな僕の予想を覆すものだった。
「し、嫉妬って、なに言ってるんだよ。そんなわけないだろ。だって、だって──俺と面太郎は、男同士だろ!」
えっ、そっち!?
思ってもみなかった言葉に驚くけど、なぜだろう。どういうわけか、また胸の奥がキュンと鳴る。
「別に、男同士だからっておかしなことないじゃない。思えば、あなたの友野くんに対する献身的な態度を見た時から、なんとなくそんな気はしてたのよね。最初は、友達だからだと思ってた。けど池野くんが胸キュン行動をとる度にあなたまで悶えているのを見て、もしかしたらって思ったの。もしかしたら、あなた自身にその自覚はなかったのかもしれないけど、これを聞いた今ならどう? 本当に、嫉妬する気持ちがこれっぽっちもないって言えるの?」
川井さんはそう問うと、じっと裕二の答えを待つ。
裕二は最初こそ黙ったまま口を開こうとしなかったけど、顔には冷や汗を浮かべていて、動揺しているのが丸わかりだ。
そして一度大きく息を吐くと、観念したように小さな声で言う。
「そうだな。多分、川井さんの言う通りだ。俺、面太郎が他の誰かと特別仲良くなるのに、嫉妬してた。あいつがイケメンしぐさやる度に、キュンとしてた。俺、面太郎のことが好きだ」
キュン! キュン! キュンキュンキュ~ン!
どうしたんだろう。さっきから、胸が高鳴って仕方ない。
なんて、とぼける必要もないよね。僕の心の中に芽生えたこの気持ち。それはきっと、裕二と同じものだ。
だけど裕二は、僕がここにいて、こんな気持ちになっていることは知らない。
知らないまま、また川井さんに向かって頭を下げる。
「けど頼む。このことは、絶対秘密にしといてくれ。そして、やっぱりあいつと付き合うのはやめてくれ」
「あら、どうして?」
「面太郎はいいやつだ。そんなの、俺が一番よく知ってる。そんなあいつが俺の気持ちを知ったら、絶対困るに決まってるだろ。それに、川井さんと付き合ってキュンとしても、その度に死に近づくかもしれない。そんなのは嫌なんだ。俺はあいつが助かるためならなんでもやる。その結果嫌われたっていい。だからお願いだ。面太郎を、これ以上キュンとさせないでやってくれ!」
変な裕二。そう言ってる君が、誰よりも僕をキュンとさせてるってのに。
もう我慢できなかった。姉ちゃんを振り切り、隠れていた物陰から飛び出し、裕二の前に出る。
「裕二!」
「面太郎!?」
突然現れた僕を見て、驚愕する裕二。その驚きようと言ったら、ビックリしすぎて彼の方が死んでしまうんじゃないかと心配になるくらいだ。
「お前、いつからそこにいた? どこから聞いてた? い、いや。そんなことより、やっぱり俺は、お前に死んでほしくない。だから、キュンとするのはもう諦めて──」
「いいから!そういうのもういいから! 」
いい加減、僕がキュンとしたら死んでしまうという誤解を一人だけ続けているのは気の毒だし、これじゃちっとも話が進まない。
話そう。僕の病気、ドキドキハートシンドロームの真実を。
そしてもうひとつ。僕に芽生えたこの思いを。裕二のことがどれだけ好きかを。今、どれだけキュンとしているかを。
「あのさ、裕二。大事な話があるんだ」
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