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第44話 真相

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「お金のためにヒューゴを渡したってのは、本当。私は、あの人……ヒューゴの父親に支援を受けていたのだけれど、亡くなって以来、ほとんど収入がなくてね。親子共々生活できなくなるのは、時間の問題だった。だけどヒューゴなら、貴族の一員として不自由ない生活を送ることができるかもしれない。そう思って、アスター家を訪ねたよ。その時話を聞いてくれたのが、ランス=アスター辺境伯だった」

 ヒューゴの祖父の名前が出てきて、一度だけ見たその姿を思い出す。
 いくつもの死線を潜り抜けてきた英雄なだけあって、威圧的な雰囲気と鋭い眼光は、今でも印象に残っている。

「辺境伯はこう言ったの。私は今後ヒューゴに会うことなく、ヒューゴが私に一切の情を残さないような別れ方をすること。それが、引き取るための条件だって」
「そんな、どうして……」

 今後会わないというだけなら、まだわからなくもない。だが情を残さないようにしろなど、とても納得のいくものではなかった。

「ヒューゴを正式にアスター家に迎え入れるなら、当主としての教育を受けさせることになる。それはとても厳しいもので、もしもその時、アスター家の外に私という逃げ場があれば、それに頼ってしまうかもしれない。そんなことにならないようにというのが、アスター辺境伯の考えだったの」

 スッと、体の芯が冷たくなるのを感じた。
 かつて彼女は、お前を産んだのはお金のためだったと言い残し、ヒューゴをアスターの家に置いていった。
 だが今の話が本当なら、全ての前提が変わってくる。

「あなたは、それを受け入れたんですか? だから、ヒューゴ様にわざと酷いことを言ったんですか?」
「ええ。そうよ」
「──っ。どうして! どうしてそんな条件を受け入れたんですか!」

 訪ねる声が震えていた。
 いくら頼まれたとはいえ、母親との最後の思い出がそんなものになるなんてあんまりだ。

 やりきれない感情は怒声へと変わり、問い詰める声が激しさを増す。

「私も最初は、それはできないと断ったわ。会えなくなるだけなら我慢もする。だけど最後の最後にあの子を傷つけるなんて、そんなのできないって」
「だったらどうして!」
「でもそんな私に、辺境伯は頭を下げた。わかってほしいと言って、すまないと言って、何度も何度も頭を下げてきたの」
「えっ──?」

 もう一度、アスター辺境伯のことを思い出す。クリスにとっては、たった一度会っただけ。それでも、あの人が誰かに頭を下げる姿はなかなか想像し難いものがあった。

 「多分辺境伯は、ヒューゴの辿る道がどれほど過酷なものになるのか、誰よりも理解していたのでしょう。生まれや立場故の、周りからの妬み。戦士として育たなければならないという責任。それを耐え抜くには、嫌でも強くなければならない。例えどんな手段を使ったとしても」

 強さ。確かにそれは、今のヒューゴを形作っているもの。そして、必要不可欠なものだろう。今回の事件を生き抜いたのだって、それだけの強さを持ち合わせていたからだ。
 そういった意味では、辺境伯の考えも間違ってはいないのかもしれない。

「それに、月に一度、辺境伯からお金と一緒に手紙が届くようになっていたの。お金の方はほとんど使わないままだったけど、おかげでヒューゴがどうしているか知ることができたわ。何を学び、どんなことをしたか、ひとつひとつ書かれていた」

 その時のことを思い出したのか、ミラベルがほんの少しだけ微笑んだような気がした。それを見て、改めて思う。やっぱりこの人は、ヒューゴのことを大切に思っていたのだと。

 だがそこで、ミラベルは言う。

「もう一度、お願いするわ。今話したこと、決してヒューゴには言わないで。どんな理由があっても、私があの子を手放し、そして傷つけたのは事実。だから今さら、言い訳じみたことはしたくないの。それに、今のヒューゴの側には、あなたがいる」
「私……?」

 どうしてここで自分のことが出てくるのか。その理由がわからず戸惑う。

「私達がここに捕まったその日、あなたは言ったでしょ。ヒューゴに、何があっても諦めるなと言われたって。そしてその通り、あなたは決して心折れることなかった。そんなあなたなら、恋人として、それにいずれは家族として、ヒューゴをすぐ近くで支えてくれる。そう思ったの」
「それじゃ、さっき私を助けてくれたのは……」

 自分のことを身を挺して守ってくれたのには、そんな思いがあってのことなのだろうか。
 ミラベルは、それには何も答えない。ただ深く頭を下げ、頼む。

「私のしたことで、ヒューゴは傷つき、家族を失った。だからどうか、あなたにその傷を埋めてほしい。お願い──」

 それがどれほど切実な願いかは、クリスにもわかった。命をかけるくらいの思いと言っても、決して大げさではないのかもしれない。

 なのになぜだろう。こんなにも強く頼んでいるとわかっているのに、それでもクリスには、これ以外の答えなど出せなかった。

 「────それは、できません」
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