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第40話 裏でやっていたこと

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 突然、キーロンら警備隊員がやって来たかと思ったら、今度は行方不明のはずのヒューゴが姿を現した。
 どうしてそんなことになっているのか、クリスにはわからない。だが、ヒューゴが目の前で生きている。その事実がただ嬉しかった。

「総隊長、生きていたんですね」
「ああ。クリス、お前も無事のようだな。その人は大丈夫か?」

 そう言ってヒューゴは、手当てを受けているミラベルを見る。まさかこの人が自分の母親だとは、微塵も思っていないのだろう。
 今すぐ真実を伝えるべきだろうか。迷ったが、答えを出すより先に、ヒューゴがロイドに向かって言い放つ。

「傷害。いや、殺人未遂と見ていいな。それに誘拐監禁もある。それは、お前達自身が一番よくわかっているだろう」
「くっ……」

 キーロン達にこの状況を見られた時、ロイドは慌てながらも、強気な態度を崩そうとはしなかった。
 だがヒューゴにまで問い詰められた今、その顔面は蒼白で、完全に余裕を失っている。

「ヒューゴ。お前、今までどこで何をしていた。どうして今ここにいる!?」

 それはクリスも知りたかった。賊に襲われ、負傷しながら山の斜面を転がり落ちたのが、今から数日前。それからどうやって生き延び、こうしてキーロン達と共にここにやって来たのか

 すると、まずはキーロンがそれに答えた。

「総隊長はね、ずーっと俺の家にいたんですよ」

 キーロンが言うには、彼の妻が一人で家にいたところ、急に誰かが訪ねて来たそうだ。
 不信に思いながらも扉の向こうを確認してみると、そこにいたのは傷を負いボロボロになったヒューゴだったという。

 それからすぐにキーロンにも連絡が行き、急遽家へと戻ったが、ヒューゴはそれから、二人にこう頼んだ。
 自分のことは誰にも言わずに匿ってくれと。

「いきなりそう言われた時は驚きましたよ。それから今日まで、家にはずっと上司がいるんだ。おまけに、俺がいない時はこの男前と妻が二人きりなんだぜ。色んな意味でハラハラしたよ」
「お前には苦労をかけたな。たが、後半は関係ないだろ」

 ヒューゴが複雑な表情で言う。確かに彼なら、例え奥さんとどれだけ一緒にいたところで、そういう心配はなさそうだ。

「でも、どうしてそんなことをしたんです?」

 この数日、何度ヒューゴの無事を祈っただろう。匿ってもらったりなどせず、すぐさま警備隊に連絡を入れれば、こんなにも心配することもなかっただろう。
 だがもちろん、ヒューゴも考えなしにそうしたわけじゃない。

「決まってる。俺が生きていることがこいつにバレたら危険だと判断したからだ」

 そう言って、ヒューゴはロイドを指差す。
 つまりヒューゴは、あの山道での襲撃はロイドの計画したものだと、その時点で見抜いていたのだ。

「あの襲撃は、明らかに俺を狙ってのものだった。だがあの時俺達があの道を通ったのは、予定外のことだった。本来なら、もっと早くにナナレンに戻ることになっていたからな」

 ヒューゴと一緒に、カーバニアの街を散策したことを思い出す。
 あれは、その日の朝ヒューゴが突然言い出したこと。その後ホムラの苗を見つけたことで、ナナレンに戻るのは当初の予定よりも大幅に遅れていた。

「にも拘らず、賊は万全の態勢で待ち構えていた。俺達の行動をどこかで知ったとしか思えんが、それが出来る人物は限られてくる。」

 聞いていたくないのか、ロイドは僅かに目を反らす。だがヒューゴの言葉はまだ終わらない。

「しかもだ、俺が行方不明になった直後、総隊長代理をやることになったのがこいつだ。就任の際、俺のためにも全力で解決に務めるだの何だの言ってたらしいが、こいつがそんな殊勝なことをするような奴じゃない。それに、俺達が見つけたホムラの一件が、うちの隊員達には何も知らされていなかったそうだ。まるで最初からそんな事件などなかったようにな。これで怪しまない方がどうかしている」
「き、きさま……」

 自分のしていたことが、全て見透かされていた。それを突きつけられたロイドの心中は、どれほどのものだろう。
 顔を引きつらせ肩を震わせるが、何も反論が出てこない。実際、何もかもヒューゴの言った通りなのだから、できるわけがない。

「だがどれだけ疑わしくても、証拠がなければ何もできん。俺が表に出た時こいつを断罪するため、なんとしても悪事の証拠を押さえておきたかった。それに……」

 ヒューゴはそこで一度言葉を切ると、静かにクリスを見る。

「私が、何か……?」

 何だろうと思って尋ねるが、ヒューゴはなぜか少しの間口ごもり、それからボソリと言う。

「お前がこいつらに拐われているのは予想がついたからな。なおさら、捜査は秘密裏に行った方がいいと判断しただけだ」

 なるほど。確かに誘拐事件の場合、捜査情報の漏洩は、そのまま救助対象の安否に関わる。捜査していること自体を悟られないのなら、その方がいいだろう。

 だがその直後、キーロンが言った。

「ヒューゴ総隊長、お前のことを凄く心配してたんだよ。まだベッドからも起き上がれないうちから、少しでも早く助け出さないとって、何度も言ってたよ」
「えっ……」

 そうなんですか? そう尋ねようとしたが、その前に、当のヒューゴがキーロンを睨みながら言う。

「余計なことまで喋らなくていい」

 どうやら、この件について何かを話す気はないようだ。ただその顔は、微かに赤みがかっているように見えた。

「とにかくだ。ロイドの尻尾を掴むため、俺はキーロンを通じて、信頼できる隊員の何人かに連絡をとった。そして、ロイドを密かに尾行、監視するように命じたんだ」

 最初のうちは、ロイドも警戒していたのだろう。クリスが目を覚ました日を除いて、なかなかここへは近づこうとしなかった。
 だが数日が経ち、ヒューゴも見つからず、どこかで死んだのではないかという思いが、その警戒心を緩めた。

 彼がわざわざこんなところにやって来たのを見て、ヒューゴやキーロン達も、これは怪しいと判断。その結果、こうしてやって来たというわけだ。

 「実際はまだ何の証拠もなかったから、強引に押し入るしかなかったけどな」
「じゃあ、さっきキーロンさんが、投げ文があったから調べに来たって言ってたのは……」
「踏み込むための方便だよ。すみませんね、ロイド総隊長代理。なにしろ本物の総隊長の命令なんで、逆らえませんでした」

 キーロンが言葉の上では謝りながら、どうだと言わんばかりに鼻を鳴らす。
 以前ロイドは、何も知らずに自分の指示に従う隊員達をバカにしたようなことを言っていた。しかし実際は、こうして疑われ、監視されていたというわけだ。

 ずっと前から嫌っていて、蹴落とそうと思っていたヒューゴ。何もできないと侮っていた隊員達。それらに出し抜かれたのは、ロイドにとって屈辱以外の何ものでもないだろう。

 怒り、羞恥、悔しさ。それらの感情が一体となり、体の震えはますます大きくなっていく。
 だがもちろん、同情など誰もしない。

「クリス、確認のために聞く。お前はこいつらに拐われ、今までここに捕らえられていた。間違いないな」
「はい。それにこいつらは、ホムラ所持の現行犯です」

 そう言って、ミラベルの傍らにある小瓶を指差す。

「あの小瓶は、元々こいつらが持っていたもので、中にはホムラを水で溶かしたものが入っています」
「そうか。ならそれも、証拠品として押収せねばならんな。さて、これでもう、捕まえるための条件としては十分だ。そろそろ、縄についてもらおうか」
「くっ……」

 罪の証拠があり、言い逃れする術もない。そうなると、あとはもう捕らえるだけだ。
 首謀者たるロイドに、近づきその手に縄をかけようとする。
 これでようやく、この事件も終わる。そう思った。

 だがロイドという男は、ここで素直に従うような潔いやつではなかった。

「だ……黙れぇぇぇっ!」

 叫びながら、伸ばされたヒューゴの手を振り払う。

「こいつらを殺せ! ヒューゴさえいなくなれば、あとはどうにでも揉み消すことができる!」

 するとそれが合図になったかのように、そばにいる男達が一斉に身構えた。
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