文化祭のおまじない

無月兄

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最終話

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「ごめんなさい。ごめんなさい……」

 後悔しながら、自分のしたことを反省するけど、その声は誰の耳にも届かない。やり直しなんてできないし、相変わらずコウくんは見失ったままだ。悲しい気持ちが溢れてきて、胸の奥が痛くなる。
 だけどそんな私の気持ちなんてお構い無しに、花火の開始は近づいてくる。

『花火打ち上げ、五秒前。四、三……』

 カウントが一つずつ減っていくにつれ、涙が出てきて、目の前の景色が滲んでいく。あんなに楽しみにしていた花火なのに、今はちっとも見たいとは思えなかった。

『……一、ゼロ!』

 とうとうその時がやって来て、空に向かって小さな光が登っていく。
 だけどその時だ。急に、フッと体が浮き上がって一気に視線が高くなる。そして────

 パン!

 見上げた空に、一輪の花が咲いた。

「どうだ。花火、ちゃん見えるか?」

 耳元で声がして、振り向くとそこには、ずっと探していた人がいた。

「コウくん!」

 その時、初めて自分が抱きかかえられていることに気づく。花火が上がる直前に、後ろから持ち上げられたんだ。

「泣いてるのか?」
「えっ?」

 さっきまで目に溜まっていた涙が、いつの間にか零れ落ちていた。コウくんが来てくれて、もう悲しくないはずなのに、一度流れたそれはなかなか止まってくれない。
 それを見て、落ち着かせようとしてくれたのか、コウくんは私の背中に手を回すと、何度も何度も擦ってくれた。

「手を離してごめんな。一人じゃ心細かったよな」

 申し訳なさそうに言うけど、一人になったのは私のせいだ。もっと近くで見たいなんて言わなかったら、ちゃんとコウくんについていたら、はぐれることだってなかった。

「ごめんなさい。離れないって言ったのに、いい子にするって言ったのに……」

 謝りながら、気がつけばまた大粒の涙が零れた。

「ごめんなさい。ちゃんと、いい子になるから……だから、嫌いにならないで」

 何度もしゃくりあげながら、絞り出すように言う。
 もう、花火もおまじないもどうでもよかった。ただコウくんに迷惑かけたことが嫌で、嫌われたらどうしようって思って、それだけで頭がいっぱいになっていた。

「──麻」

 名前を呼ばれ、喋るのをやめてユウくんを見る。するとちょうどそのタイミングで、ユウくんの手が私の頭を優しく撫でた。

「そりゃ、離れていったのはいけないことだ。けど、ちゃんと手を繋いでおかなかったのは俺も同じだし、何より麻は十分に反省してるだろ。それに、たまには叱ることもあるかもしれないけど、麻を嫌いになんてならないよ」
「コウくん──」

 不思議だった。さっきまであんなに悲しい気持ちでいっぱいだったのに、コウくんがそう言ったとたん、嫌な気持ちが全部消えていくようだった。流れてた涙は止まって、いつの間にか笑顔になっている。

「それより、せっかくの花火、全然見てないじゃないか。ほら、もうすぐ最後の一つが上がるぞ」

 この文化祭で上がる花火は、花火大会とかで見るのと比べると、決して大きいものじゃなくて、数も少ない。コウくんばかりを見ていたせいで、最後の一つになってるなんて、全然気づいていなかった。

「──よっと」

 もっとよく見えるようにと、ユウくんは私をより高い位置に抱え直す。ちょっとだけ揺れて、私は咄嗟にコウくんの腕を掴んだ。
 最後の花火が空に上がって咲いたのは、その直後だった。

「きれい」

 私達のすぐ上で咲いたその花は、とてもとてもきれいだった。

 手を繋いだまま花火を見ると結ばれる。だけど私が掴んだのは、手じゃなくて腕。それに、たくさん上がった中の最後の一つだ。これって効果あるのかな?

 少しだけそんなことを思ったけど、すぐにそれを頭のすみに追いやった。
 だって、おまじないよりももっと大事なことに気づいたから。

 コウくんと、もっと仲良くなりたいと思った。妹としてじゃなくて、もっと違う好きになってほしいと思った。
 だけど今の私は、ワガママ言って、すぐ泣いて、コウくんをたくさん困らせてる。こんなんじゃきっと、おまじないに頼ったって上手くいくはずない。
 だからその前に、もっとやることがあるはずだ。

「ねえコウくん。来年も、また一緒に見てくれる?」
「終わったばかりなのに、もう来年の話か?」

 気の早い言葉に驚くコウくん。だけど私は真剣だ。

 一年後、私は今よりもっと大人になっている。もちろんその時はコウくんだって、同じように一つ大人になっているけど、すっごくすっごく頑張ったら、少しは気持ちの距離を縮められるかもしれない。

 それでも足りないなら、また次の年。それでもダメなら、さらに次の年。いつになるかは分からない。だけど、たくさんたくさん追いかけていけば、いつかは追い付けるかもしれない。

 そして追い付いたと思ったら、今度こそちゃんと恋をして、ここで手を繋いで花火を見るんだ。

「いいよ。来年も、一緒に見ような」

 頷くコウくんを見て、ギュッと強く手を握る。この手と花火に、おまじないの意味を込めるのは、いったいいつになるだろう。
 もしかしたらそれは、ずっとずっと先の話になるかもしれない。それでも私は、この時確かに、そんな未来を夢見ていた。



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