初恋と幽霊

無月兄

文字の大きさ
上 下
18 / 47

ユウくんがうちにくる3

しおりを挟む
 家を出て学校に向かう私の隣で、ユウくんが並んで歩いてる。
 好きな人と並んで学校に行くっていうのはドキドキする。
 って言いたいところだけど、このドキドキは、嬉しさじゃなくて心配の方。

 朝ごはんの時、お母さんやお父さんが言ってた、いつもより身支度が早いとか、普段は寝癖だらけとかって言葉。もちろんユウくんも聞いたよね。
 それ、いったいどう思ってるかな?

 ち、違うから。そりゃ、たまには寝癖がついてることだってあるけど、寝癖だらけってほどひどいのなんて滅多にないから!

「藍。なんか、ごめんな」
「な、何が?」
「今朝の藍、いつもと違ってたんだろ。それって、やっぱり俺に気を使ってたからだよな?」
「ち……違っ……」

 違うって言おうとしたけど、それじゃなんて言ってごまかせばいいのかわからない。

「藍だって見られたくない所はあるよな。ごめんな、気付いてやれなくて」
「そ、そんなことは……」

 そんなこと、あるにはあるけど、だからってユウくんに謝ってほしいわけじゃないのに。

 気まずさと、恥ずかしさで、ユウくんの顔がまともに見れなくなる。
 そしたら、そこでユウくんは、頭を下げてきた。

「本当にごめんな。昨日アイツに、三島にも言われたんだ。藍ももう高校生だって」
「三島に?」

 そんなの、いつ言ったの?
 もしかして、二人が私抜きで話してた時?

「言われた時は、そんなのわかってるつもりだったんだ。あれからもう何年も経ったんだって。でも、今目の前にいるのは藍なんだって思うと、つい同じような感覚になる」

 そういえば、ユウくんは亡くなった瞬間に意識が途切れて、幽霊になってこの世に現れたのは、昨日が初めてだって言ってたっけ。
 あれからもう何年も経ったんだって頭でわかっていても、実感なんてないのかも。

「ダメだよな。藍だって変わってるってのに、俺だけがあの時のままなんて」
「ユウくん……」

 ユウくんのこんな風に悩んでるところ、初めて見た。

 確かに、ユウくんの態度は、私が小学生だった頃と、ほとんど変わってない。

 平気で頭を撫でてくるし、可愛いって簡単に言ってくる。
 それで私がどれだけ動揺してるかなんて、きっとわかってない。

 だけど、だけどね……
 それだけじゃ、ないんだよ。

「迷惑とか嫌だとか、そんな風には思ってないからね」

 ユウくんの、昔と変わらない態度に戸惑ってるのは、その通り。
 だけど、それが嫌だって思ったことは、一度もない。

「私だって、ずっとお兄ちゃんだったユウくんが、今はほとんど変わらない年になってて、距離感とかわかんなくなってるよ。もう子供じゃないんだし、前と同じじゃダメなのかな、それとも変わらないままで良いのかなって。だから、動揺したり緊張したりする時もある。でもね、ユウくんと一緒にいると、やっぱり嬉しいし、楽しいから」

 面と向かってこんなこと言うなんて、なんだか今までで一番恥ずかしいかも。
 それでも、これは言わなきゃ。色んなものが変わったかもしれないけど、ユウくんが大切な人だってのは、何も変わらない。
 その気持ちだけは、絶対に伝えたかった。

「これからどんな風にやっていけばいいかは、二人で見つけていこうよ」

 ユウくんはそれを聞いて、しばらくの間、何も答えないでいた。
 一言も発することなく、手の平で顔を隠すように目元を押さえる。

「ユウくん、どうしたの? 大丈夫?」

 もしかして、私、何か変なこと言った?
 だけど覆っていた手を外したユウくんの顔は、思いの外嬉しそうだった。

「驚かせてごめんな。でも、藍がこんな事言って元気づけてくれるなんて、本当に成長したんだなって、何だか込み上げてくるものがあったんだ」
「そ、そうなの?」

 う~ん。そんな事でいちいち感激する時点で、やっぱり感覚がズレてるんじゃないかな。
 だけど、真剣に話すユウくんは、なんだかおかしかった。

「それに、藍に迷惑がられてるんじゃないって分かって、ホッとした」
「迷惑なんかじゃないよ。ユウに、そんなこと思うわけないじゃない」

 ホッとしたのは私も同じ。
 せっかくユウくんとまた会えたのに、こんなことでギクシャクするのは嫌だった。
 だから、ちゃんと気持ちを伝えられて良かった。

「それで、今の藍と一緒にいる上で、俺がこれから気を付けなきゃいけないこって、何かあるかな?」
「うーん」

 言われて考えてみるけど、具体的に例を挙げろというのも難しい。

 けど、もしこのまましばらくユウくんが成仏せずこの世にいるのなら、寝泊まりは昨日と同じで、私の部屋の押入れってことになるよね。
 それに、普段から近くにいることも多くなりそうだ。

 別にそれは嫌じゃないし、むしろ嬉しいけど、やっぱりある程度の線引きは必要かも。
 でないと、心臓がもちそうにないから。

「……とりあえず、朝起きるのは、私の準備が終わるまで待っててくれる? その……起きてすぐは顔も洗ってないし、髪もボサボサだから……」

 本当は、そういう寝起きの話をするのだって、けっこう恥ずかしい。
 けど、毎朝理由も言わずに押入れの中で待ってもらうわけにもいかない。

「わかった、藍がいいって言うまでは、絶対に出て行かないよ」

 私は恥ずかしさいっぱいで言ったのに、ユウくんは実にあっさりと頷く。
 それは、ちょっと複雑。

(もう小学生の頃とは違うってわかったなら、少しはドキッとしてくれてもいいのに。これじゃまるで、思春期の妹の悩みを聞いてくれるお兄ちゃんって感じだよ。ううん、ユウくんにしてみれば、まさにその通りなんだよね)

 高校生になったことで、妹扱いも変わるかもって思ったけど、ユウくんにとっては、小学生の妹が高校生の妹になったようなものなのかも。

 態度を改めるって言っても、妹扱いそのものは、簡単には変わりそうにない。

 けど妹みたいなポジションなら、それを使って一つくらいおねだりするくらいはいいよね。

「ねえ、手を繋いでいい?」

 それは、昔二人で並んで歩いた時は、ほとんどいつもやっていたこと。
 そんなことできたのは、妹みたいな立場だからこその特権だった。

「手を繋ぐのはいいのか?」
「良いかどうか、それを決めるためにやるんだよ」

 もちろん、そんなのはただの口実。
 兄妹でも、この歳になって手を繋ぐってのはあまりないと思う。
 私だって、人前でそんなことするのは恥ずかしい。

 だけど今、ユウくんの姿は他の人には見えないし、いいよね。

「それじゃ、どうぞ」

 差し出されたユウくんの手に、私の手を重ねた。
 もちろん、ユウくんに触れることはできないから、本当に繋いでるってわけじゃない。

 それでも、手を重ねたまま歩くと、やっぱりドキドキした。

(やっぱり私、今でもユウくんが好きなんだな)

 何度も思ったことを、また改めて思う。

 ユウくんにとって私は妹みたいなもので、今は私だって、その立場をちゃっかり利用している。
 けどできることなら、妹とは違うこの気持ちを、いつかは伝えてみたいとも思ってた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

坊主女子:学園青春短編集【短編集】

S.H.L
青春
坊主女子の学園もの青春ストーリーを集めた短編集です。

切り裂かれた髪、結ばれた絆

S.H.L
青春
高校の女子野球部のチームメートに嫉妬から髪を短く切られてしまう話

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

バッサリ〜由紀子の決意

S.H.L
青春
バレー部に入部した由紀子が自慢のロングヘアをバッサリ刈り上げる物語

礼儀と決意:坊主少女の学び【シリーズ】

S.H.L
青春
男まさりでマナーを知らない女子高生の優花が成長する物語

坊主の決意:ちひろの変身物語

S.H.L
青春
### 坊主のちひろと仲間たち:変化と絆の物語 ちひろは高校時代、友達も少なく、スポーツにも無縁な日々を過ごしていた。しかし、担任の佐藤先生の勧めでソフトボール部に入部し、新しい仲間たちと共に高校生活を楽しむことができた。高校卒業後、柔道整復師を目指して専門学校に進学し、厳しい勉強に励む一方で、成人式に向けて髪を伸ばし始める。 専門学校卒業後、大手の整骨院に就職したちひろは、忙しい日々を送る中で、高校時代の恩師、佐藤先生から再び連絡を受ける。佐藤先生の奥さんが美容院でカットモデルを募集しており、ちひろに依頼が来る。高額な謝礼金に心を動かされ、ちひろはカットモデルを引き受けることに。 美容院での撮影中、ちひろは長い髪をセミロング、ボブ、ツーブロック、そして最終的にスキンヘッドにカットされる。新しい自分と向き合いながら、ちひろは自分の内面の強さと柔軟性を再発見する。仕事や日常生活でも、スキンヘッドのちひろは周囲に驚きと感動を与え、友人たちや同僚からも応援を受ける。 さらに、ちひろは同級生たちにもカットモデルを提案し、多くの仲間が参加することで、新たな絆が生まれる。成人式では、ロングヘアの同級生たちとスキンヘッドの仲間たちで特別な集合写真を撮影し、その絆を再確認する。 カットモデルの経験を通じて得た収益を元に、ちひろは自分の治療院を開くことを決意。結婚式では、再び髪をカットするサプライズ演出で会場を盛り上げ、夫となった拓也と共に新しい未来を誓う。 ちひろの物語は、外見の変化を通じて内面の成長を描き、友情と挑戦を通じて新たな自分を見つける旅路である。彼女の強さと勇気は、周囲の人々にも影響を与え、未来へと続く新しい一歩を踏み出す力となる。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

窓際の君

気衒い
青春
俺こと如月拓也はとある一人の女子生徒に恋をしていた。とはいっても告白なんて以ての外。積極的に声を掛けることすら出来なかった。そんなある日、憂鬱そうに外を見つめるクラスメイト、霜月クレアが目に入る。彼女の瞳はまるでここではないどこか遠くの方を見ているようで俺は気が付けば、彼女に向かってこう言っていた。 「その瞳には一体、何が映ってる?」 その日を境に俺の変わり映えのしなかった日常が動き出した。

処理中です...