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第五章
32:中に、いるかもしれない
しおりを挟むしかし、洋司のマンションを訪ねても、やはり人の気配がない。エントランスのポストにはチラシがたんまりと挟まっていたし、何日も帰っていない痕跡に見て取れた。
念のためインターフォンを押してみるも、何の反応もない。中で人が動く物音すら聞こえない。
「いない、か……」
都はドアに額を当て、息を吐く。
洋司について情報が足りない。行きそうなところ――終夜営業のファミレス、漫画喫茶、友人の家、ホテル……どこにしても、しぼるのが大変そうである。
すでに確信に近いが、もし四人を殺したのが洋司ならば、自首を勧めたいのに。
(この指輪も返してやらなきゃ……)
そこまで考えて、ポケットにしまいこんだ指輪を握り込み、ハッとした。
洋司が、この指輪を探して支倉の家を荒らしたのだとしたら、見つけられなかった彼は、次はどこに向かうだろうか。
(洋子さんの自宅……!)
都はすぐさま踵を返す。そうだ、彼女の持ち物だったのだから、最初に探すとしたら彼女の家だ。だけどここ数日は、被害者宅としてずっと警察が出入りしていたはず。恐らく犯人である洋司は、近づこうとしないだろう。
都は携帯端末を取り出し、京一郎へとコールする。四コールの後、向こうから聞こえてきたのは眠そうな声だった。
「お京さん、ごめん寝てた?」
『今片付けが終わったとこですよ。すみません、まだ洋司の行方つかめなくて』
申し訳ないと思いつつ謝罪を入れれば、逆に謝罪が返ってくる。行動範囲をしぼれていなかったのだ、京一郎が手こずるのも無理はない。
「忙しいのにありがとう、お京さん。でも――見つかるかも」
『えっ、どういうことです?』
都は車に乗り込み、スピーカーに変えて訊ねる。
「洋子さんの自宅って、もう警察引けてんのかな」
『家宅捜索ですか? ちょっと待っててください』
赤信号で車を停め、京一郎の答えを待つ。ナビは洋子のマンションを目指してガイドしてくれるが、警察が引けているかも、洋司が訪れているかも、それでは分からないのだ。
『昨日の夜、捜索は終わったみたいですね』
信号が変わると同時に、京一郎の声が聞こえる。都はアクセルを踏みながら、ありがとうと返した。
『ヤコ、何か分かったんですか?』
「支倉さんの家が、荒らされたんだ、昨日」
『え!? 荒らされ……て、陽平……支倉は、無事なの?』
驚き、名を慌てて言い直す京一郎に、都は苦笑する。嫌いで別れたのではないのだし、もし家のごたごたがなければ、ふたりはまだ続いていただろう。
「無事だよ、全然ヘーキ」
『ああ……そりゃまあ……そうですよね。でも、どうしてそれが関係してくるんです』
安堵と呆れが混じったようなため息が聞こえる。
呆れの方を不思議に思うけれど、今は深く追いきれない。都は言い出しづらい可能性を口にしてみた。
「洋子さんとペアで持ってた指輪、探してんだと思う。支倉さんの家にあったんだけどね、見つけられなかったんだよ、洋司は」
三秒の沈黙。
次いで、京一郎の慌てた声が聞こえてきた。
『え、ちょ、ちょっと待ってください、洋司って……被害者の弟ですよね? ペアでリング? 姉弟では持たないでしょう、普通』
「持たないよ。俺だってお京さんと持ったりしてないじゃん。恋愛感情ないもん」
『ヤコ、落ち着いてください、いくらなんでも』
恋愛感情という単語に、京一郎がさらに慌てる。その動揺は、都も体験したものだ。
まさか、そんな、馬鹿な、と。
いくら調べても出てこなかった、洋子の男の影。出てこないはずだ。最初から候補に挙がるわけもない弟が、恋人だったのだから。
洋子は性的暴行を受けた後に絞殺された。だが、本当に暴行だったのかどうか。
あの時引っかかったのはそこだった。
(多少乱暴にされても、逢えて嬉しかったかもしれない。……馬鹿みたいだけど、それは、……分かる)
乱暴でない方がそりゃあ嬉しいけれど、支倉と触れ合うことができて、都は嬉しかった。
だからもしかしたら、洋子も。
そして、もし以前から肉体の関係もあったのだとしたら、それをネタに脅されていた可能性がある。
「違ってたら違ってたでいい、その方が。でも、指輪探してんなら、絶対に洋子さんのとこに行くはずなんだよね。そこ押さえてみる」
できればこの予想は外れてほしい。違っていてほしい。
だってどうやっても報われない想いなんて、この先どうやって、生に希望を見いだせばいいのか。
『待ってくださいヤコ、一人で行くつもり――』
「ごめん、運転中だからもう切るね」
事故でも起こしたら大変だと、都は一方的に通話を打ち切った。
後で怒られそうだけれど、春日野や他のスタッフを待っているわけにはいかない。犯人を――洋司を取り逃がしてしまう。
都は焦る気持ちで、ほんの少し制限速度を超過した。
洋子のマンションに着き、エントランスを過ぎて、エレベーターのボタンを押した。さすがに、七階まで階段で行くのはつらい。幸いエレベーターは一基のみだ、洋司とすれ違ってしまうことはないだろう。向こうが、階段を使わなければ。
「えっと……七〇二……」
エレベーターを降りると、左右にフロアが展開している。右側に四つ、左側に四つ。左右対称の造りらしく、洋子の部屋は右手の奥から二番目。
都は足音を立てないように、ドアへと近づいた。
耳を寄せて、中の様子を窺う。物音はしなかった。
「ハズしたかな……」
まだ来ていないのか、もう帰ってしまったのか。
今日一日張り込んでみようかなと思いつつ、念のためにドアへと手を伸ばす。途中で手を止め、自分の指紋を付けないように、ハンカチで覆った。
「え……っ」
さすがに開いていないだろう、という都の予想に反して、ドアノブは回ってしまう。
(どうしようこれ、まさかまだ中にいる? 閉め忘れて帰ったなんてこと、ないだろうし……)
鍵は壊されていない。つまりこの部屋の住人か、管理人か、合い鍵を持った相手しか開けられないということだ。
この部屋の住人はすでに死んでいるし、こんな朝早くから管理人が開けたわけもない。警察が、閉め忘れていくなんて無用心なことするはずがない。
となると、まさに今この中に、犯人がいる可能性が高いのだ。
(どうする? やっぱり藤吾さん呼ぶ? でも、駄目だ。待機中に逃げられたら、捕まえらんない……っ!)
洋司が犯人ならば、今取り逃がしたら次に捕まえるのが困難になる。これはまたとないチャンスだと、都は意を決してゆっくりとドアを開けた。
開けたドアの隙間から、中の様子を窺う。だが、支倉の家とは違って荒らされてはいないようだった。物音も、しない。肩すかしを食らったような感覚に陥るが、都は慎重に、家の中へと足を踏み入れた。
玄関のすぐ傍に、恐らくトイレ、そしてバスルーム。それをやり過ごせばキッチンへと続く。廊下を挟んでその向かいにリビング、その奥にもう一つ部屋がある。
(いないな……)
キッチンにもリビングにも、誰もいない。では奥の部屋にはと、恐る恐るドアを開けてみるも、人ひとりいなかった。
警察が構い倒した後だろうが、女性の部屋らしくきちんと整理されている。置かれた小物も、可愛らしいものばかりだ。荒らされた形跡はない。
「見込み違いかな……絶対、来ると思ったんだけど……」
ふう、と息を吐く。
きっと、昨夜までここに残っていた警察の人間が、うっかり鍵を閉め忘れていったのだろう。それはそれで問題だがと寝室のドアを閉め、やはりどこかで安堵して――油断した。
こめかみに衝撃を感じる。次いで、ひどい痛みを認識した。
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