恋の音が聞こえたら

橘 華印

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第五章

30:情欲に濡れた熱い声を聞き逃したくない

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「やめ、いやだってば、ねえ、や……っこんな、こと、しに来たんじゃ……っ」
「いやだという割には……しっかり反応してるがな」
「あっ! や、……待って、ほんとにっ……駄目、やだ……いや」
 支倉の手の中で、都は震える。首筋にかかる吐息に、都の吐息も湿っていく。濡れ始めた自身を自覚しても、都はふるふると首を振って抵抗の意思を示した。
「やめ……て、支倉さ……っん、やだ、こんなの……っ」
 だけど抵抗をしきれない。予想しなかった愛撫で力が抜けていく。シャツがこすれる音に意識が持っていかれる。感じる体温に吐息が熱くなる。

「なぜだ? 俺が好きなんだろう、なら大人しく喘いでろ、都」

「いやっ……ああっ……う」
 耳元で支倉の声が聞こえ、歓喜に似た快感が、背筋をせり上がってきた。直接触れて、下着の中から引っ張り出されたせいだけではない。
 都と呼んでくれる支倉の声が、あの夜より近くに感じられて、体が分かりやすく疼いた。
「物欲しそうな目で見ていたじゃないか。ここ……入れてほしかったんだろう……?」
「や、駄目、だめ……っやだ……ぁ、ん」

 支倉の指が、そこを押し広げる。
 全身を包む電流のような快感が、都の体を震わせた。

「ほらな……あの日みたいに、ここに俺を引き込みたいんじゃないのか。いやらしく絡みついて、腰を振ってしがみついて、放してくれなかった」
「そ、んなのっ……して、な……あっ」
「してたさ」
 手のひらが、指先が、視線が、声が、支倉のすべてが、都の体を、気持ちを犯していく。
「あ……、ッん」
 最初はしていた抵抗らしきものも消えて失せ、都の手は支倉のシャツを掴んでしがみつき、もっと触れてほしいと自ら足を開いて誘う。

 かき回してくる指の感触に首を振り、自分の浅ましさに涙した。支倉が言うように、彼の熱が欲しい。さっきまであんなに冷たかった声が、今は情欲に濡れて熱いのだ。逃したくない。
(駄目なのに……ほんとは、こんなんじゃなくて、もっと、ちゃんと……!)
「こ、んなの、いや……だっ、んん、ぁ」

 あの夜は、名前も知らないまま支倉と寝た。気持ちもないまま、一夜限りと体を重ねた。

「支、倉、さん……っや、おねが……も、やだ、待っ、て」
 今夜は名前も知っているし、一方的とはいえ気持ちもあるのに、またあの日みたいに体が重なっていく。
「今さら」
「やっ、あ、うそ、こんな、やだ……いっ……い、た……」
 右足を抱えられ、都は目を見開く。まさか本当にこんなところで、と。
「ひっ……うぁ」
 壁に押しつけられたまま、入り込んでくる支倉の熱を感じる。押し上げられ、左のかかとが浮く。かと思えば肩を抱かれて引き下ろされ、どんどん支倉との繋がりが深くなっていった。

「やっ、あ、あ……あ、いや……こ、んなのっ……したこと、な……あっ」

 揺さぶられるリズムに合わせて、都は声を上げる。それは快楽でもあり抗議でもあり、悲しみでもあった。
 こんな体勢でしたことなんてない。たまにベッドでない時もあったけれど、至ってノーマルに抱き合うことしかしてこなかった都は、支倉の熱が怖い。
「支倉さ……やだ、いや……」
 ふるふると首を振っていやだと訴えるのに、支倉の責めは容赦ない。
 こんな感情でする行為なんて、気持ちいいはずがない。兄をまだ想っている相手と、こんなふうにセックスするなんて、いけないことだと分かっている。

(分かってんのに、なんで……っ!)

「き、もち……、いい……っ」
 口をついて出た言葉と吐息に、都は改めて自分の浅ましさを思い知る。
 こんなことをしに来たんじゃない。こんなことがしたいわけじゃない。こんなことはいけないんだ。
 そう思いながらも、支倉の熱に、吐息に、視線に、体中を欲が覆っていく。
「都」
 顎を押さえ、支倉が名前を呼んでくる。
「支、倉、さ……」
 濡れた瞳でキスをねだり、都は支倉の肩に腕を回してしがみついた。
「んっ、んん……っ」
 支倉は都の欲を受け入れて、受け止めてくれる。都は支倉の熱を体の奥まで受け入れて、受け止める。
「あっ……あ、あ、っ……んん……」
 ゆさりゆさりと体が揺さぶられる。そのたびに頭が壁にぶつかる痛みは、繋がった熱を追いかけて気に留められない。

「す、……き、はせくらさ……ん、好き……」

 吐息の合間に、都は無意識にそう呟く。依頼人には手を出さないという規則は、当然頭から抜け落ちていた。
 達する寸前強く抱きしめられたような気がするのは、たぶん錯覚だっただろう――。


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