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第五章
28:ごめん、逢いたい
しおりを挟むだが、翌日、翌々日と調査に大きな進展はなかった。
洋司の行方は京一郎にも探してもらっているし、都自身も同僚に話を聞いたりしているが、発見には至らない。
洋司の失踪を大事と見た警察も動いているし、公的機関の機動力には敵わない。
しかも、調査途中で依頼人の方から終了を言い渡されたのに、続行したことを春日野に怒られもした。当然金にならないからでもあるが、好き好んで危険な事件に首を突っ込まないでほしい、という思いもあったようだ。
しかし春日野としても、中途半端すぎてすっきりしない気持ちがあったのか、危なくない範囲での調査をさせてくれることになったのだが、これだ。
「ほんと、謎な姉弟だよ……交際相手がこれほど見えてこないってのが不思議」
どんなに隠しても、どこかから伝わってしまうだろうに。良い相手でも、悪い相手でも。
洋子の方は、支倉と利害の一致があったにせよ、偽装結婚までしていたせいか、カモフラージュにはなっていただろう。
しかし、洋司の方が女の影も浮かんでこないのは、どういうことか。
こういった失踪の場合、行方を捜すにはまず交際のあった相手を訪ねるのが定石だが、誰も相手を知らない。いたらしいという情報だけだ。それも、クリスマスやホワイトデー、世間のお祭り騒ぎに、プレゼントを買っていたこと、仕事の帰りに花屋に寄っていたのを見た、という証言くらいしかないのだ。
そろそろ結婚するのかと訊いた同僚もいたようだが、洋司は首を振って答えたらしい。それはやはり、洋司の方も結婚できない相手かもという仮定を、裏付けるものとなってしまう。
それならば、交際相手のところに駆け込めないのも頷ける。そこまで大事な相手なら、こんなきな臭い事件に巻き込みたくはないだろう。
都は近くのカフェでラテを頼み、はあーと息を吐く。調査の進展がないことに落ち込みもするし、焦りもするし、いら立ちもする。
だがいちばん心を占めるのは、寂しさだった。
(駄目だ、休憩入れると途端にこれなんだから)
もう二日も声を聞いていない。最後に聞いたのは一昨日の夜、冷たい声で調査の打ち切りを告げられて以来、聞いていない。
報告だけはすると言ったことを、拒絶はされなかった。まあ拒絶される前に通話を切っただけなのだが、それだけが今、都を支倉に繋いでいるライン。
だけど、報告できるような事項が何もないのだ。電話をかけられるわけがない。聞けないとなると余計に想いだけ募ってしまって、非常にまずい。叶わないと分かっているのに、気持ちだけがふくらんでいく。
(冷たくてもいいから……聞きたい、なあ……)
気がつけば、都の指は支倉のナンバーをタップしてしまっていた。
ハッと我に返るも、もうコールがかかってしまっている。出られなくても、着信履歴に残ってしまう。
(なんて切り出そう、何も決めてない。でも今切ったら余計に怪しまれる。調査の経過だけでもっ、ほら、元義弟の行方くらい心配してるかもだし。見つかってないけど!)
精一杯の言い訳を考えて、都は椅子の上に正座でもしたい気分で応答を待った。
三コール、四コール、……七コール。――出ない。
仕事は終わっている時刻のはずだが、残業でもしているのだろうか。
出ないなら出ないで、仕方ないしその方がいいかと諦めて、切断しようとしたとき、
『……なんだ』
端末越しに、迷惑そうな支倉の声。ホッとした後、バツが悪いなと都は片眉を上げる。まさか、声が聞きたくて思わず電話してしまったなんて言えない。
「ごめん、もしかして仕事中だった?」
『いや……家にいる』
相変わらず素っ気ない声だ。端末越しでさえそう感じるのだから、実際目の前で聞いたら、ひんやりと冷えた感じさえするかもしれない。
だが都は、それよりも気にかかることがあった。端末の向こうで、複数人の声がする。しかし友人が来ているにしては、向こう側の雰囲気は物々しい。
「支倉さん、ほんとに家? 誰か来てるんなら、改めるけど……」
『いや、構わん。警察が来ているだけだ』
「――は!?」
淡々とした口調で、支倉は音にする。だが都は驚いて声を上げた。けいさつというのは警察か、とおかしな動揺までしてしまう。
「えっ、ちょっと……なんで? 何かあった?」
家に警察が来るなんて、ただごとではない。なぜ、何があったのかと、都の心臓が逸る。
まさか今回の事件で支倉が疑われているのか――そんなはずはない、少なくとも洋子の件では、支倉にはアリバイがあるのだから。連続殺人ならば、一件でもアリバイがあれば他の件も容疑から外れるはずだ。
もしやその前提が崩れるきっかけでもあったのかと、青ざめた。
『大したことはない。空き巣だ』
「空き巣!?」
警察に事情聴取でも受けているのか、任意の同行でも望まれたのかと思ったが、そのどちらでもないようで、都はホッとする。
いや、状況を考えると、ホッとしている場合ではないのだが、支倉自身に何かあったわけではないのだと、安堵した。
「空き巣って……何か盗られた?」
『いや、金目のものは無事だったが……まだ全部確認できてない。仕事から帰ったらこの有様だったからな』
「じゃあ、アンタは怪我とかしてないんだな?」
『当たり前だろう』
犯人と鉢合わせているわけでもないようだ。
良かった……と心の底から思い、都は立ち上がった。熱いラテをグイと飲み干したことを少し後悔しつつ、返却口へとカップを戻した。
「今からそっち行っていい? っていうか、行く」
『……何を言っている、お前が来たところで』
「待ってて」
都は一方的に通話を切る。
また洋子の関係者に異変が起きたのだ。すぐに結びつけるのは短絡的かもしれないが、偶然だとも思い切れない。
現場に何か手掛かりがないだろうか――という気持ちも、もちろんあるけれど、支倉の顔が見たい。
卑怯な自分を認識していながらも、都は駅に向かって駆ける。
(やっぱり駄目だな。好きだよ。……好きだよ、支倉さん……)
望みがなくても、たとえまだ京一郎のことを想っていても、都自身の心は消えていかない。
端末に浮かぶ支倉の文字を見れば、声が聞きたくなる。
声を聞いてしまえば、逢いたくなる。
(駄目なんだって分かってても、逢いたい)
規則を破ってでも、逢いたい。
春日野がこれを知ったら、なんと言うだろうか。クビを言い渡されるだろうか。
京一郎はなんと思うだろうか。曲がりなりにも元恋人を想う弟なんて。
(ごめん、でも、心臓の音が止まらない)
ド、ド、と速い音を奏でる都の心臓。
顔が見たい、無事でいてほしい、笑いかけてくれなくてもいい、直接声が聞きたい。
そう想うごとに、心音は速く強くなっていく。
今まで感じたことのない音を聞きながら、都は電車に揺られた。
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