恋の音が聞こえたら

橘 華印

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第四章

25:現場での情報収集

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 しかし案の定、彼女の経営していた店は警察の人間でごった返していた。
 張られたビニールシート、取り囲むロープ。それを好奇心いっぱいで眺める通行人たち。
「あー、やっぱりいるよね、昨日の今日じゃ」
 都は想像通りの光景に苦笑する。この分じゃ、洋子の自宅にもたくさんの警官がいることだろう。なんとか従業員を捕まえられないものかと、人だかりをきょろりと見渡す。
 出勤中か、外回りの最中か、スーツ姿のサラリーマン。講義に向かうのかバイト先へ行くのか、リュックサックを担いだ大学生風の男子たち。杖で体を支えながらも、興味深そうに人だかりの中に入っていく老婆。
 収穫なしか、と肩を落としかけたその時、

「ああ……うそ、やっぱ本当なんだ……店長……」
「マジかよ……絶対何かの間違いだって思ってたのに」

 人だかりの後方、都のすぐ傍に、たった今やってきた若い男女。目の前の光景が信じられないというように、口を覆って呟き、項垂れて額を押さえる。
 都は、瞬時に察した。店の従業員が、ことの真偽を確かめに来たのだと。
「ねえきみたち、ここで働いてた人?」
「えっ、あ、あの、そうですけど……なに……?」
「あ、ごめんね突然。ちょっとこの事件調べてて」
 二人に声をかけると、当然ながら不審そうな顔を向けられる。名刺を取り出して渡しかけるも、女の子の方が少し興奮気味に口にした。
「あ、刑事さん? マスコミさん?」
「え、あ、まあ、そんなとこ」
 事件を調べていると言えば、そこに思い当たるらしい。警戒心は消えたようだが、相手の職業は確認した方がいいよと、危機感のなさを心の中で心配もしてしまった。

「ここ評判よかったよね。俺も何度か来たことあるんだけど。あの店長さん、恨み買うような人じゃないのに」
「そりゃそうですよ、あんないい人が、なんで……!」
 都はブルーシートで覆われた店を指さして、彼らの証言を誘導する。やはり、恨まれるような被害者ではなかったようだ。
「あそこ、長いの?」
「俺は三年くらいかな」
「私は二年と少し。学校行きながら、夜メインでした。すごいショック……犯人殺してやりたい」
「怖ぇこと言うなよ、気持ちは分かるけどさあ」
 近くの公園を歩きながら、都は彼らの話を聞いた。
 昨日の今日ではショックが抜けているわけもなく、涙ぐみながら話す女の子に相づちを打つ。慰める役は、どうやら好意があるらしい彼の方に任せておいて、梶谷洋子という女性がどんな人物だったのかを探った。

「お店の中で、トラブルとかなかった? 出入りの業者さんとか、お客さんとか」
「クレームつけてくるお客さんはたまにいたけど。でもそんなのどこでも同じだし、警察沙汰とかはありませんでしたよ」
「あ、でも一回夜に酔っ払いが入ってきて、警察呼んだかな。だけど次の日謝りに来てくれたみたい」
 彼らが毎日毎時間店にいたわけではない以上、その証言がすべてだとは言えないが、大きなトラブルはなかったようだ。客の誰もが、あの店の味や居心地のよさを好いていたのだろう。
「そっか……ねえ、店長さんて、恋人はいたのかな。聞いてない?」
「え? 恋人……ですか、私はあんまり……バツイチってのは知ってたけど。お客さんの中で言い寄ってた人は何人か……でも相手にしてませんでしたよ、店長は。あくまでお客さんでしたから」

「でも、一人しつこいヤツいたなあ。すげぇ言い寄ってたもん」

「えっ、ちょっと、それ詳しく」
 都はその言葉に食らいつく。洋子にしつこく言い寄っていたのなら、今回のことも動機があるのだ。洋子につきまとっていた男や、洋子自身をその手にかける、愛とかいう名でごまかしてしまえそうな、自己中心的な殺意。
「俺が見たのは四回……かな。一年……まではいかないけど、半年以上前から。店長より年下っぽかったけど、なんかやらしい感じで」
「年下?」
 彼の口にした言葉に、都はあることに気がつく。なにも、洋子に言い寄っていたのは犯人だけではないのだと。
 いやらしいというのは彼の主観かもしれないが、その男は洋子を性的な目で見ていたのだろう。ということは、犯人ではなく「客」だった可能性もあるのかと、都は気づく。

「ねえ、その男の名前とか分かんない?」
「えーと、なんだったかな……聞いた覚えはあるんだけど……珍しい名前でもなかったんで」
「あ、私も聞いた気がする。要注意人物ってヤツでしょ」
「そうそう、それ。店の連絡ノートにあったと思うけど、今入れないし……」
 女の子までがそう言い出す。従業員に周知されていたということは、本当に注意しなければならない人物だったようだ。何かあったら、すぐに警察を呼ぶ用意ができるようにと。
「あ、じゃあさ、その男ってこの中にいたりするかな」
 都は書類ケースの中から、三枚の写真を取り出す。洋子の手帳に載っていた、あの三人のものだ。その写真をじっと眺めて、彼は真ん中の一枚を指さした。

「この人……似てる気がする……」

 それは、最初の被害者である岩城孝。
「岩城?」
「あ、それだ、そうそう、そんな名前!」
(やっぱり、繋がった。……けど……)
 都は目を瞠って、次いで眉を寄せた。
 従業員一人の証言では弱い気もするが、岩城が洋子に言い寄っていたのはほぼ確定だろう。しかも、店で、堂々と。
(出禁になるまで、しつこく、ねぇ……。それでセックスの相手になんか選ぶかな普通……)
 性的快楽を得たいだけの関係だったとしても、店にまで押しかけてくるような相手を選ぶだろうか。疑問が増えただけのような気がして、都は息を吐いた。

「あ、あの、その人が犯人だったりするんですか?」
「……それは、まだ分からない。警察も犯人捜してるし、そのうち捕まるよ、大丈夫。心配しないで」

 犯人であるどころか、もう殺されているなんてこと、彼らには言わない方がいい。どこでどんな情報が、捜査の邪魔になるか分からないのだ。不用意に話すべきではない。
「早く、ほんとに早く捕まってほしいです……洋司くんだって、きっと落ち込んでる……大丈夫かな」
 彼女が口にした音に都は目を瞠って、勢いよく振り向く。彼女は洋司のことを知っているのかと。
「洋司のことも何か知ってる? 弟さんだよね。お店に来てたの?」
「はい。店長がすごく嬉しそうだったから、彼氏かなと思ったんだけど。照れながら弟だって言われたんです。ちょっと好みのタイプだったんで、ダメ元でID聞いてみたんですよねー。そしたら好きな人がいるからごめんねって。頑張ってって言ったら、すごいつらそうな顔してました。望みない相手なのかなあ?」
 ちょっと好み、と聞いて落ち込んでいた隣の男の子は、ダメだったと知ってホッとした表情に変わる。分かりやすいなあと都は口の端を上げ、次いでほんの少し眉を寄せた。

(洋司の方も片想い……? 頑張っても無理な相手ってことか?)

 どうしても自分を重ねてしまう。頑張っても振り向いてもらえないであろう相手を、それでも想い続けてしまう。その気持ちは、痛いほど分かった。
「それ、相手とかは分かんないよね」
「さあ……相手まではちょっと」
「そっか、ありがと。ごめんねいっぱい訊いちゃって」
「いえ、あのっ、犯人、早く捕まえてください!」
 女の子が勢いよく顔を上げる。隣で、男の子もお願いしますと軽く頭を下げてきた。世話になった店長を殺した犯人を、早く捕まえてほしいという思いが込められていて、都は努力すると告げて別れた。

 しかし、なんて似たもの姉弟なんだと息を吐く。姉どころか、弟の方も道ならぬ恋をしていたなんて。
 育った環境が似れば、好みも歩む道も似通ってしまうのだろうかと、頭の中で整理をする。
 だが考えてみれば、それほど珍しいことではないのかもしれない。
 都だって、兄である京一郎と男の好みが似ているし、どちらもカタギの商売とは言えない職に就いている。

 もし梶谷姉弟の好きな相手が、どちらも家庭持ちなのだとしたら、両親を亡くしているふたりにとって、「家庭」への羨望と、嫉妬があるのかもしれない。
 それが恋へと繋がるのかは都には分からないが、似たような道をたどってしまう要素が、ないわけではなかったのだ。
「どっちも相手不明ってのがキツいな……いったん事務所に戻ろ」
 自分ひとりの思考だけでは、やはり先入観に囚われてしまうことがある。春日野たちの意見も聞いてみようと、都は事務所へと足を向けた。

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