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第四章
24:逢いたい人はいなくて
しおりを挟む昨夜眠ったのが遅かったせいで、体の疲労が抜けていない。しかし仕事を放り出すわけにもいかなくて、都はいつものように、出掛ける仕度をしてアパートを出た。
曇天。どうかすると雨天よりも気分が滅入りそうで、都はため息を吐く。
「さて、ひとまず自宅かな」
あの写真のままなら、梶谷洋司は平日勤めのサラリーマンのはず。普通ならばもう出勤している時刻だろうが、さすがに姉が殺されて間もないのだ、休養しているだろう。
朝から申し訳ないかなと思いつつも、電車をいくつか乗り継いで、洋司のマンションまでやってきた。
「あ、よかった、住所変わってないみたいだ」
エントランスの集合ポストには、五〇四・梶谷と記してある。洋子が出せなかった年賀状からもう三年。引っ越している可能性もあったけれど、彼は変わらずここにいるらしい。
エレベーターを待つよりは階段で、と足を向けた時、管理人室のドアが開いて、見知った顔の男が出てきた。
「えっ、上杉さん?」
「おうボウズ」
それは浮かない顔をした上杉と、手帳を見ながら後ろにつく三島だった。上杉たちは都に気がつき、声をかけてくる。
「どうした、捜査の邪魔か?」
「邪魔するつもりはないって言ってんでしょ。こっちだって仕事なん……ねえ、もしかして梶谷洋司?」
「まあな。だが今はいねーぞ」
「出かけてんの? タイミング逃したかな」
やはり上杉たちも梶谷洋司を訪ねてきたらしく、不在であることを教えてくれる。五階まで上がらずに済んだが、帰宅を待つべきか、他の所へ聞き込みにいくべきか。
そこらへんのコンビニにでも出かけているのなら、すぐ帰ってくるだろうかと思案する都に、上杉が首を振った。
「いや、海外に出張中なんだと。海外対応の携帯じゃねぇのか、繋がらねーんだ」
「今やっと、ここの管理人さんに、職場とか緊急の連絡先教えてもらったとこなんですよ」
「いやあまいった、何しろ被害者に弟がいたってのもすぐには分からなくてな」
「えっ、なんで? 警察ならすぐに分かったでしょ」
都は目を瞠った。家族構成が分からなかったなんて。犯人の痕跡はなくとも、被害者である洋子の物はあっただろう。携帯端末にでも、連絡先やなんかは入っていたのではないのかと。
「それがなあ、被害者のスマホにゃ番号もアドレスも入ってなかったンだよ」
「えっ、なんで!? だって仲良かったって……」
驚いて声を上げる。
仲が悪かったり、絶縁中だったりしたのなら分かるが、支倉から借りたあの写真を見るに、姉弟仲は良さそうだった。住所はまだしも、電話番号やSNSのIDくらい、なかったのだろうか。
「んなこたぁ、こっちだって知りてぇさ。何か事情でもあったんだろうよ」
「犯人が消してったってことはないの?」
「なんで弟のだけだ?」
都の疑問に、上杉も疑問で返してきて、そりゃそうだと都は言葉を詰まらせる。わざわざ弟のだけ消していく理由が、すぐには見つからない。
(なんで……? どうして、洋司の連絡先……。そういや、年賀状も出さないままで取ってたんだっけ)
ううんと唸る。洋司の連絡先を知らないわけではない。あえて登録していなかったのだろう。だけど、その理由が分からない。
「ま、連絡先が分かったんだ、ひとまず事件のことだけでも話しておかねぇとな。頼むぞ三島」
「えっ、それあれですよね、遺族に話すのを俺に押しつけてるだけですよね」
「経験積ませてやってんだろが」
「はぁー、気が重い」
上杉たちがそう話し合っている横で、都は腕を組んで考え込む。何か理由があったはずなのだ。こうまで頑なに、弟と連絡を取り合わない理由が。
「ねぇ上杉さん、洋司の方って素行はどうだったの? 補導歴とか、前科とか」
「あー?」
仲が良かったのは昔の話かもしれない。あの写真を撮った後に何かあったのか、それとも幼い頃の問題がしこりとなって残っているのか。そう思って訊ねてみるも、三島から否定が返ってきた。
「ないですね。至って善良な市民みたいですよ。まあ歩行時の信号無視とか二十歳前の飲酒とか、発覚してないものがあれば、自分たちには分かりませんけれど」
「そっか……」
ならば、世間体が悪くて、連絡を取っていなかったというわけでもないようだ。可能性を、ひとつずつ潰していかなくてはいけないのだろうが、情報が少な過ぎると都は眉を寄せた。
「そういえば、今回の犯人に前科がないってのも、面倒だな」
「え、指紋、……ああ、そっか。レイプされてたんだっけ。痕跡あったの?」
「まあな。犯人はB型ってくらいだ」
「けど、レイプは事件になりにくいですからね。捕まっていないだけで、常習かもしれませんよ」
近所で、不審人物がいなかったか聞き込んでみましょうと、三島が促す。上杉もそれに同意して、そこを離れようとした。
だが、それは都の問いかけによって止められることになる。
「でも、いちばんの目的はレイプじゃないよね」
都は思い出したのだ。常習――つまり繰り返しているという単語で、今回の事件が連続殺人かもしれないという可能性を。
「……どういうことだ?」
「今回みたいにパンストを凶器にした事件、他にもあったでしょ。報道はされてないけど、連続殺人なんじゃないの?」
上杉と三島が、目を見開く。それはつまり肯定と見て取れるが、してやったりという優越感などない。
「お前……また情報屋使っただろ……」
「こっちだって仕事なの。邪魔はしてないつもりだけど」
「確かにあった。捜査本部でも、連続なんじゃねーかって見解がほぼ通ってたんだ。ただなぁ……今回に限って被害者が女だってのが、どうもな」
上杉は、ガシガシと頭を掻きながらも情報をくれる。今回に限ってということは、つまりそれまでの被害者は男だったのだ。
「女の物で大の男を絞め殺すってなぁ、その手の性癖の持ち主かとも思ってたんだが」
「被害者たちは、大学時代に一緒だったみたいですしね。怨恨て線もあったんですけど、今回の被害者がどうも繋がらなくて」
困りましたよと肩を竦める三島に、都は眉を寄せる。やはりあの被害者たちには繋がりがあったのだと。だが、もうひとつの繋がりに、上杉たちは気がついていないらしい。
「ねえ、バイト先とかゼミとか、洋司もいたんじゃないの? 同い年でしょ」
都の表情が険しくなる。それに気がついたのか、上杉たちは一瞬言葉を失ったようだった。
「おい」
「す、すぐに確認します」
「あと、洋子さんの相手だった可能性。対象者って、岩城と冴島と室伏だろ。アンタに渡した洋子さんの手帳、三人の頭文字が書いてあるの気づかなかった? とても偶然とは思えないけど」
「気づ、……おいっ、なんで気づかなかった三島っ」
「う、上杉先輩だって気づかなかったでしょうがっ! ああ、でも、それ手掛かりですよね、本部に――」
二人の刑事は慌て出す。今回のみ女だったということで、連続殺人という意識が薄れてしまったのだろうか。
「もし犯人が洋子さんに惚れてたとしたら、そいつらと引きあわせた洋司のことだって憎いんじゃない? 海外出張しててよかったかもね」
「おいおい、洋司も狙われてたかもってのか?」
「上杉先輩、これ、早く本部に。前の被害者もういっぺん洗い直した方がいいんじゃ」
「そうだな。いったん戻って、方針固めた方がいい。おぅ、助かったぜボウズ、また何か分かったら知らせてくれ」
そう言って二人は足早に、駐めていた車に走っていく。
都はふうと息を吐き、さてどうしようかと考え込んだ。目的の人物がいなかったとなると、洋子の私生活を、他の誰に訊いたらいいのか分からない。
店の従業員にでも訊いてみるしかないかと思うも、従業員の居所なんて当然知らない。唯一手掛かりになりそうなのは、店だ。
都はあまり期待をせずに、足をそちらに向けた。
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