恋の音が聞こえたら

橘 華印

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第三章

22:京一郎との関係

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「で、ヤコちゃんの方は何か分かった?」
「えっ、あ、わ、分かったっていうほどじゃないけど、連続殺人っぽいなっていうのは」
 春日野の問いかけにハッとして、慌てて今までに判明したことを並べ立て、整理していく。
 梶谷洋子の事件は、連続殺人の可能性が高いこと。洋子と関係があった男が、連続して殺されているかもしれないこと。彼女の店の経営はやはり悪くはなかったことなどを。

「ってなると、やっぱ怪しいのは、洋子さんの本命ってなるんだよね」
「うん、まあ……妥当だよね。通りすがりってのは、考えにくい。上杉さんに訊いたら、現場の方はそれほど荒れてなかったみたいだから」
「顔見知りの犯行ってことですね」
「支倉さん、こっちの被害者たち、見覚えとかない?」
 京一郎が調べてきた三人の被害者たち。名前と年齢、顔写真が載っている。それを支倉に手渡し、確認してもらったけれど、しばらく考え込んだ後、彼はふるふると首を横に振った。
「夫婦だったといっても、本当に名ばかりだったからな。彼女の交友関係は本当に……あ」
「なに?」
「三人とも、同じ年齢なんだな……」
 資料には、三人とも二十八歳と記してある。元々知り合いだったのではないかという可能性も、都はそこで付け加えた。

「それなら、洋司も確か二十八のはずだ」

「えっ!?」
 支倉の言葉に、都は思わず椅子から腰を浮かせる。偶然とは思えなかった。
「俺と洋子より四つ下だから……そうだな、今二十八だ」
「もしかしてこの男たち、弟繋がりかな?」
 春日野の仮定に、都は被害者の資料と支倉の持ってきた写真とを見比べる。
 洋司の方は数年前のため若いが、経過を考えると被害者たちと同年代なのだと分かる。被害者たちは弟を通して面識はあったのか、偶然知り合っただけなのか。
「あり得るね。あり得るけどさあ……ツレのねーちゃんとやるかな普通」
「どういう事情があったのか確認するのが仕事でしょ、ヤコちゃん。ともかく、明日からこの三人と弟さん周辺調べてみようか。手伝うよ」
「洋司の方は、知ってたんでしょうかね。自分の姉がそんなことやってるの」
「……どうだろ。上杉さんから聞かされると思うけどね、どうしても。でも、俺だったら自分の家族が変なことしてたら怒るし、止めたい。実際そうできる力が、洋司の方にあったかどうかは分からないけど」

 都の声が、少しだけ沈む。

 それにハッとして、京一郎はすみませんと続けて唇を引き結んだ。
 どうにも居心地が悪くて、都は残っていたサンライズを飲み干し、椅子を降りる。
「ごめん、今日はこれで帰るよ。明日朝イチで洋司んとこ行ってくる」
「ヤコちゃん、送る」
「えっ、いいよ別に」
「藤吾さん、送ってってやってください。これ以上、変な男に引っかからないように」
 まだ一杯しか飲んでないだろ、と続けようとした都を、京一郎が遮って促してくる。ほんの少しの怒りは、支倉に対して向けられているように感じた。

「俺も帰る。明日……いや、今日も仕事だからな」
 それを受け流して、支倉も席を立つ。気がつけばもう二時近く。終電なんてとっくに終わっている時間帯だ。都は、しまったと頭を抱えた。つい自分の感覚でいてしまったことを悔やみ、支倉に謝罪する。
「ごめん支倉さん、こんな時間まで。仕事、大丈夫?」
「お前に心配されるようなことじゃない、放っておけ。ここに来たのは俺の意思だ」
 ぴしゃりとはねつけられて、ますます落ち込んだ。

 こんな所まで呼びつけたのは都の方だが、無理だと日や場所を改める選択肢も支倉にはあったわけで、そういう意味では彼自身にも責任はある。

(でも、怒ってんじゃん……昼に送っていった時と全然違う)

「ああ、でもこの時間ならまだタクシー捕まえやすいかな。ちゃんと送っていきますから」
「いや、せっかくだが遠慮させてもらう」
「そうですか? じゃあ、ほら、ヤコちゃん。行こう」
 春日野が提案するが、支倉はそれさえはねのけてくる。春日野が気を悪くした様子はないものの、気を遣ってくれているのは伝わってきて、余計に泣きたくなった。
「うん……おやすみお京さん、今日はありがとう。支倉さん、明日の夜、また報告の電話入れる」
 ぽんぽんと背中を叩かれ、都は京一郎の店を出る。

 大きなため息を吐いたら、春日野が頭を撫でてくれた。子供扱いすんなと手を払いのけ、階段を下りる。
「だーめだなー、俺。どうしても、熱中しちゃって。時間忘れてた」
「仕事熱心な部下で嬉しいよ。まあ僕にも責任あるでしょ、気にすることないよ。僕らは普通の企業さんとはサイクルが違うからね」
「そうなんだけどさ……。あ、やべ、写真コピっていいか訊くの忘れてた」
 降りる途中で、都はハッと思い出す。

 支倉に借りた洋司の写真と、洋子が出しそびれた年賀状。

 こちらには大事な資料だが、無断で複製していいはずもない。もとの所有者は亡くなっているが、せめて支倉の許可を取ろうと、都は降りた階段を上り直す。
「ごめん藤吾さん、先に行ってて。すぐ追いつく」
 コピーさせてもらってもいいか訊くだけなら、すぐに終わる。仕事の範疇でどうにか言い訳できると、都は階段を駆け上った。


 そうして、あと半階で京一郎の店の前までたどり着くという踊り場で、聞こえてきた声に、都は体を強張らせた。

「どういうつもりなんだ、陽平」

 京一郎の、険のある口調。こんなしゃべり方を聞いたのは久しぶりで、呼吸を止めた。
「どういう、と言われてもな」
「遊びなら容赦しない。俺の大事な弟に手ぇ出しやがって」
「勘違いするなよ、お前の弟と知って寝たわけじゃない。だいたい、誘ってきたのは向こうだぞ」
 だけど支倉の方は、京一郎の口調に怯んでいる様子はない。きっと、一緒に過ごしていた時はあんなふうだったのだろう。

 都はゆっくりと息を吐き出して、そして吸い込む。

 京一郎とは、血のつながった正真正銘の兄弟だ。
 父の暴力、両親の離婚、手を差し伸べてくれたのは、京一郎だった。どれだけ感謝してもしきれない、大事な存在。

「もしかしてお前の弟なのかと思ったのは、依頼した時だったしな。刑事がアイツをヤコって呼んでたから、それで思い出したくらいだ。お前も昔から、弟をヤコって呼んでたな。過保護は相変わらずらしい」
「お前に関係ないだろ。小さい弟残してさっさと家を出た俺が、ヤコにしてやれることなんて、多くないんだから。……あの小さい体で、耐えてたのに」
 都はそれを階段で聞き、俯いた。 

 京一郎が、都に対して負い目を感じているらしいのは、どこかで分かっていたけれど、そんな理由だったなんて思いもしなかった。

「だから、お前が遊びのつもりでヤコに構うなら、許さないって言ってるんだ。あの子がお前に気があるのは分かってるだろ?」
「弟の恋愛事情にまで口を出してやるなよ、野暮な男だな。お互い合意の上で……一夜限りだったんだ。弄んだつもりもないし、今あれとどうこうなるつもりもない。お前に言われる筋合いはないさ。体の相性はよかったみたいだがな」
「陽平、お前っ……」
「京一郎。お前は……今、誰か相手いるのか?」
 支倉の声のトーンが、柔らかくなったことに気づく。都とどうこうなることはないと言った時とは、段違いに。

 脈はないだろうと思っていたけれど、さらに追い打ちをかけられ、さすがに心が折れそうになる。

「恋人はいない。けど……好きな人がいる。お前とよりを戻すつもりなんか、かけらもないからな」

 ああ、と都は項垂れた。

 よりを戻すつもりはない――つまりはやはり、そういう間柄だったのだと知らしめられて。
 今度こそ泣きそうになって、無理やり呼吸と唾を飲み込み、静かにつま先の方向を変える。

「そういうつもりで訊いたんじゃない……ただ、お前が今幸福ならいいと思っただけだ」
 少しの沈黙と、その後にゴメンと呟く京一郎の声が聞こえた。
 それ以上そこにいることはできずに、都は手のひらで口を覆いながら階段を下りる。足音を立てないようにつま先だけで駆け、ビルの出口にまでどうにかたどり着く。
 項垂れて、手の甲で頭を押さえた。

 泣きたくない。まだ泣きたくない。

(あの二人、やっぱつきあってたんだ)
 視線のやりとり、眉の動き、声の調子。何よりもあの遠慮のない言葉遣い。
 あの二人が、ただの友人同士でなかったことなど、その端々に現れていて、都の気分が底の方まで落ちていく。

「お京さんに……敵うわけないじゃんかぁ……」

 我慢して、我慢して、涙を飲み込んで、息を大きく吸い込んだ。
 京一郎と付き合っていた相手が、こちらを振り向いてくれるはずもない。さらには、「どうこうなるつもりはない」とハッキリ口にされてしまっているのだ。見込みなんかない。
 分かっていたことだけれども、それでも、ショックが大きい。
 これが見も知らない他人相手なら、落ち込み少なかっただろうが、よりによって兄だなんて。

「なにやってんだろ俺、兄貴と男の取り合いとかさあ……っつーかこっちは相手にもされてないけど」

 そう小さく呟いて、ぐっと唇を噛んだ。

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