21 / 35
第三章
21:世間は狭い……けど、これは
しおりを挟むともかく支倉が来るまでに、もう少し被害者たちのことを確認しようと、お京は端末のキーを叩く。都は三人の男に共通しているところがないかと、じっとプリントを眺める。
「この三人……みんな同い年……あ、違うや、岩城だけ生まれ年が遅い」
「学年的には同じなんじゃないですか?」
「あ、そっか。二月だ。ってことは、学校とかで繋がってないかな」
この短い期間に、梶谷洋子に近づいた三人の男。元々知り合いだった可能性はないだろうかと、都は掘り下げていく。
出身地は違う。勤め先も違う。となると、後は学校での繋がりかネット上の交流になるが、小中高どれも違う。ただ、岩城と室伏は大学が同じ。そこから冴島と出逢う可能性はいくらでもある。例えばゼミやバイト先、趣味のコミュニティなど、同学年なら話も合うだろう。
「明日から、この三人の周辺で聞き込みしてみる」
ものすごい進展だ、と都の目が輝き出したところで、店のドアが開く音がした。
支倉が到着したのかとそちらを振り向くと、予想通り支倉と、予想外にもう一人。
「あれっ、どうしたの藤吾さん」
都の上司である春日野藤吾だ。仕事を片付けてきたのだろう。
「久々に、お京ちゃんのカクテル飲みたいなと思って。閉まってたけど大丈夫? ちょうど下で支倉氏と逢ったんだけど」
「あ、うん。支倉さんは俺らが呼んだっていうか……ごめんわざわざ来てもらって、……って、どうしたの」
春日野の後ろで、支倉がただ一点を見つめて硬直しているのに気がついた。声をかけるけれど、耳には入っていないようだ。
「藤吾さん、何が久々ですか。つい先週も来てくれ、た……」
お京がカウンターの中に戻りかけて、支倉と同じように硬直する。お京の視線も、ただ一点を見つめていた。
「……京一郎……」
「陽平……?」
支倉がお京の――京一郎の名を呼ぶ。京一郎が支倉の名を呼ぶ。
え? と都は目を瞠った。
(なにこれ)
支倉を見やり、京一郎を見やる。お互いに驚いているようだが、見知った相手なのは間違いなさそうだった。
「え、あれ、あの。支倉さんとお京さん、知り合い?」
都の問いかけに、京一郎がハッとして振り向いてくる。一瞬よぎった可能性を、そのバツが悪そうな表情がより色濃くしてくれた。
「あ、ああ……高校の同級生なんです。大学も一緒だったけど、……びっくりした」
「そ、……そうなんだ。すごい偶然」
ツキンと、都の心臓が痛む。お京が小さく舌を打ったのが聞こえた。
(まさか)
二人の、お互いを視界に認めた瞬間の動揺。ただの同級生だった相手を前にして、あんなふうになるものだろうか。
だが京一郎が何も言わないのならば、それを信じるしかない。
「えっ……、ちょっと待ってください。じゃあ、ヤコの言ってた依頼人て」
「……支倉さんだよ。まさかお京さんの友達だとは思わなかったけど」
「へえ、本当にすごい偶然だね。お京ちゃんの高校時代って、どんなんだったんだろう。聞いてみたいな」
「な、何を馬鹿なこと言ってるんです。別に普通ですよ、ねえ陽平」
ともかく座ってと話題を逸らすように、京一郎が春日野と支倉に椅子を勧める。都の隣に支倉、その隣に春日野。京一郎はカウンターの中で、二人にカクテルを作り始めた。
「毎回テストを白紙で出して教室を出ていくのが普通なら、まあ……普通だったんじゃないか」
「陽平!」
「えっ、お京さんそんなことしてたの!?」
「すごい、見たかったなそれ」
都は目を丸くして、春日野は興味津々で身を乗り出す。さすがに俺もそこまではしなかったのに、と都は京一郎をマジマジと眺めた。
ダン、と支倉の前にグラスが置かれる。余計なことを話すなと言う、無言の圧力がひしひしと感じられた。
(あれ、でも、なんで)
都はふと気がつく。
支倉は京一郎にカクテルのオーダーをしていない。それなのに、目の前に置かれたジンライムを、何の不思議もなく口へと運んでいくのだ。
都の心臓が、また痛む。支倉の好きなカクテルをすぐに思い出せるくらい、親しかったのだと見て取れた。
「はい藤吾さん、モスコミュール。少し辛めにしておきましたけど、大丈夫ですか? この間こっちの方がいいって言ってましたよね」
「うん、ありがとう。いただきます」
そうして春日野にも、彼の好んでいるカクテルを差し出す。支倉の時とは違って優しい視線と手つきだが、人のことを良く見ているのだなと思うと、京一郎の情報が正確なのも頷ける気がした。
「ところで、支倉氏がここにいるってことは、あの件で何か進展があったの?」
「え、あ、そうだ。支倉さん、弟さんの」
都が促すと、支倉は思い出したように自分の手帳を取り出し、そこに挟んでいたものを、テーブルに並べて置く。
写真と、年賀状。
「別れた時に、荷物はちゃんと分けたはずだったんだが、何かの拍子に紛れてしまっていたみたいでな。返しそびれた」
「これ、洋子さんだよね。あ、今回の被害者。こっちが弟さん?」
都が指をさしたのは、仲の良さそうな男女が写っている写真。京一郎に説明を入れつつ、支倉に訊ねる。支倉はそれに頷いて、ジンライムで喉を潤した。
「たぶん就職祝いだろうと思う」
「あー、スーツ新しいもんね。何年前?」
「四年……くらい。一緒に暮らしていた時だからな」
ふうん、と都は写真を持ち上げて、眉を寄せる。
(結婚してた、って言わないの、なんでだろ。お京さんには知られたくなかった?)
都はもちろん、春日野だって支倉の事情は知っているのだから、結婚という言葉を出しても構わないはず。
そうしないのは、やはり京一郎の存在があるからなのだろうか。都は唇を引き結んで軽く頭を振り、無理やり思考を切り替えた。
「仲が良かったんですね、被害者と弟さん。ものすごく嬉しそうな顔」
「そりゃ、家族だもんね」
「あれ、こっちの年賀状……」
都の手元を覗き込む京一郎に、複雑な思いを隠せないまま答える。それを、春日野の不思議そうな声が覆った。ここにはただ飲みに来ただけのはずだが、彼も都のサポートをしている身だ。さすがに仕事の顔になっていた。
「どうしたの、藤吾さん」
「これ、弟さんから届いたものかと思ったら、違うんだね。宛名が弟さんになってる。ほら、梶谷洋司様って」
え? と都は不思議そうに首を傾げた。宛名が弟だということは、出す予定だったはず。それがなぜ、支倉の……つまり洋子の手元にあったのだろう。
「出さなかったってこと?」
「もしくは、宛先不明で戻ってきちゃった?」
「三年前……引っ越したにしても、こんなに仲の良さそうな姉弟が、住所を教えてないわけないんじゃないですか?」
「だが、彼から季節の挨拶が届いたことはないな。洋子が出していたのかも分からん」
三人の疑問に、支倉がさらにたたみかける。
「でも、少なくとも出そうとしてたってことだよね。ケンカでもしたのかなあ。お京さん、この住所確認できる?」
「少し待ってください」
カウンターの向こうで、京一郎の指先がキーの上を滑る。打鍵の音を聞きながら、春日野はモスコミュールを口にし、都はサンライズを呷る。
支倉は、居場所がなさそうにグラスを持ち上げ、そして下ろした。
「……京一郎は、お前の仕事を手伝っているのか?」
「ん? んー、手伝ってるっていうより、俺らがお京さんに力を借りてんの。たまにこういう事件にぶち当たるけど、いつもは平和なもんだからね。調べ物専門にやるわけにもいかなくてさ」
「お京ちゃんの情報は正確だしねえ。本当にいつも助かってるよ」
「おだてても割引したりしませんからね」
カウンターの向こうから睨まれて、春日野はあららと肩を竦める。都はその様子にふっと笑い、京一郎をじっと眺める支倉に気がついて、俯いた。
(やっぱ、そうなのかな。……そう、なのかな)
嫌な予感が当たりそうで、怖い。
考えないようにしようと思うのに、気になる対象がこんなに近くにいれば、どうしても考えてしまう。
もしかして、この二人は。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
身体検査が恥ずかしすぎる
Sion ショタもの書きさん
BL
桜の咲く季節。4月となり、陽物男子中学校は盛大な入学式を行った。俺はクラスの振り分けも終わり、このまま何事もなく学校生活が始まるのだと思っていた。
しかし入学式の一週間後、この学校では新入生の身体検査を行う。内容はとてもじゃないけど言うことはできない。俺はその検査で、とんでもない目にあった。
※注意:エロです
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
興味本位で幼なじみ二人としたら開発されたんだけど
からどり
BL
幼なじみ三人組のカズマ、流駆、涼介の三人。興味本位から三人で一線を越え、カズマが新しい扉を開いてしまった後の話。
受けのカズマ視点の全6話でしたが、続きが思い浮かんで「今日も幼なじみに開発される 前後編」が増えました。
それに伴い1〜6話は「幼なじみに開発される」という章にまとめました。
※は小スカや浣腸があります。
傾向としては流駆が愛あるソフトSM系。涼介が羞恥溺愛系。
相手の名前が書いてない話は両方とです。
メスイキ遊園地にドハマり
掌
BL
スケベなジムで受けトレーナーとして働く「翼」が貰ったチケットでドスケベテーマパークへ赴き、様々な形のメスイキアクメを楽しむ話。攻めのスタッフ・係員の方々に名前はありません。フィクションとして朗らかにメスイキ遊園地をお楽しみください。メスメス!
・web拍手
http://bit.ly/38kXFb0
・X垢
https://twitter.com/show1write
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
ストレスを感じすぎた社畜くんが、急におもらししちゃう話
こじらせた処女
BL
社会人になってから一年が経った健斗(けんと)は、住んでいた部屋が火事で焼けてしまい、大家に突然退去命令を出されてしまう。家具やら引越し費用やらを捻出できず、大学の同期であった祐樹(ゆうき)の家に転がり込むこととなった。
家賃は折半。しかし毎日終電ギリギリまで仕事がある健斗は洗濯も炊事も祐樹に任せっきりになりがちだった。罪悪感に駆られるも、疲弊しきってボロボロの体では家事をすることができない日々。社会人として自立できていない焦燥感、日々の疲れ。体にも心にも余裕がなくなった健斗はある日おねしょをしてしまう。手伝おうとした祐樹に当たり散らしてしまい、喧嘩になってしまい、それが張り詰めていた糸を切るきっかけになったのか、その日の夜、帰宅した健斗は玄関から動けなくなってしまい…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる