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第三章
21:世間は狭い……けど、これは
しおりを挟むともかく支倉が来るまでに、もう少し被害者たちのことを確認しようと、お京は端末のキーを叩く。都は三人の男に共通しているところがないかと、じっとプリントを眺める。
「この三人……みんな同い年……あ、違うや、岩城だけ生まれ年が遅い」
「学年的には同じなんじゃないですか?」
「あ、そっか。二月だ。ってことは、学校とかで繋がってないかな」
この短い期間に、梶谷洋子に近づいた三人の男。元々知り合いだった可能性はないだろうかと、都は掘り下げていく。
出身地は違う。勤め先も違う。となると、後は学校での繋がりかネット上の交流になるが、小中高どれも違う。ただ、岩城と室伏は大学が同じ。そこから冴島と出逢う可能性はいくらでもある。例えばゼミやバイト先、趣味のコミュニティなど、同学年なら話も合うだろう。
「明日から、この三人の周辺で聞き込みしてみる」
ものすごい進展だ、と都の目が輝き出したところで、店のドアが開く音がした。
支倉が到着したのかとそちらを振り向くと、予想通り支倉と、予想外にもう一人。
「あれっ、どうしたの藤吾さん」
都の上司である春日野藤吾だ。仕事を片付けてきたのだろう。
「久々に、お京ちゃんのカクテル飲みたいなと思って。閉まってたけど大丈夫? ちょうど下で支倉氏と逢ったんだけど」
「あ、うん。支倉さんは俺らが呼んだっていうか……ごめんわざわざ来てもらって、……って、どうしたの」
春日野の後ろで、支倉がただ一点を見つめて硬直しているのに気がついた。声をかけるけれど、耳には入っていないようだ。
「藤吾さん、何が久々ですか。つい先週も来てくれ、た……」
お京がカウンターの中に戻りかけて、支倉と同じように硬直する。お京の視線も、ただ一点を見つめていた。
「……京一郎……」
「陽平……?」
支倉がお京の――京一郎の名を呼ぶ。京一郎が支倉の名を呼ぶ。
え? と都は目を瞠った。
(なにこれ)
支倉を見やり、京一郎を見やる。お互いに驚いているようだが、見知った相手なのは間違いなさそうだった。
「え、あれ、あの。支倉さんとお京さん、知り合い?」
都の問いかけに、京一郎がハッとして振り向いてくる。一瞬よぎった可能性を、そのバツが悪そうな表情がより色濃くしてくれた。
「あ、ああ……高校の同級生なんです。大学も一緒だったけど、……びっくりした」
「そ、……そうなんだ。すごい偶然」
ツキンと、都の心臓が痛む。お京が小さく舌を打ったのが聞こえた。
(まさか)
二人の、お互いを視界に認めた瞬間の動揺。ただの同級生だった相手を前にして、あんなふうになるものだろうか。
だが京一郎が何も言わないのならば、それを信じるしかない。
「えっ……、ちょっと待ってください。じゃあ、ヤコの言ってた依頼人て」
「……支倉さんだよ。まさかお京さんの友達だとは思わなかったけど」
「へえ、本当にすごい偶然だね。お京ちゃんの高校時代って、どんなんだったんだろう。聞いてみたいな」
「な、何を馬鹿なこと言ってるんです。別に普通ですよ、ねえ陽平」
ともかく座ってと話題を逸らすように、京一郎が春日野と支倉に椅子を勧める。都の隣に支倉、その隣に春日野。京一郎はカウンターの中で、二人にカクテルを作り始めた。
「毎回テストを白紙で出して教室を出ていくのが普通なら、まあ……普通だったんじゃないか」
「陽平!」
「えっ、お京さんそんなことしてたの!?」
「すごい、見たかったなそれ」
都は目を丸くして、春日野は興味津々で身を乗り出す。さすがに俺もそこまではしなかったのに、と都は京一郎をマジマジと眺めた。
ダン、と支倉の前にグラスが置かれる。余計なことを話すなと言う、無言の圧力がひしひしと感じられた。
(あれ、でも、なんで)
都はふと気がつく。
支倉は京一郎にカクテルのオーダーをしていない。それなのに、目の前に置かれたジンライムを、何の不思議もなく口へと運んでいくのだ。
都の心臓が、また痛む。支倉の好きなカクテルをすぐに思い出せるくらい、親しかったのだと見て取れた。
「はい藤吾さん、モスコミュール。少し辛めにしておきましたけど、大丈夫ですか? この間こっちの方がいいって言ってましたよね」
「うん、ありがとう。いただきます」
そうして春日野にも、彼の好んでいるカクテルを差し出す。支倉の時とは違って優しい視線と手つきだが、人のことを良く見ているのだなと思うと、京一郎の情報が正確なのも頷ける気がした。
「ところで、支倉氏がここにいるってことは、あの件で何か進展があったの?」
「え、あ、そうだ。支倉さん、弟さんの」
都が促すと、支倉は思い出したように自分の手帳を取り出し、そこに挟んでいたものを、テーブルに並べて置く。
写真と、年賀状。
「別れた時に、荷物はちゃんと分けたはずだったんだが、何かの拍子に紛れてしまっていたみたいでな。返しそびれた」
「これ、洋子さんだよね。あ、今回の被害者。こっちが弟さん?」
都が指をさしたのは、仲の良さそうな男女が写っている写真。京一郎に説明を入れつつ、支倉に訊ねる。支倉はそれに頷いて、ジンライムで喉を潤した。
「たぶん就職祝いだろうと思う」
「あー、スーツ新しいもんね。何年前?」
「四年……くらい。一緒に暮らしていた時だからな」
ふうん、と都は写真を持ち上げて、眉を寄せる。
(結婚してた、って言わないの、なんでだろ。お京さんには知られたくなかった?)
都はもちろん、春日野だって支倉の事情は知っているのだから、結婚という言葉を出しても構わないはず。
そうしないのは、やはり京一郎の存在があるからなのだろうか。都は唇を引き結んで軽く頭を振り、無理やり思考を切り替えた。
「仲が良かったんですね、被害者と弟さん。ものすごく嬉しそうな顔」
「そりゃ、家族だもんね」
「あれ、こっちの年賀状……」
都の手元を覗き込む京一郎に、複雑な思いを隠せないまま答える。それを、春日野の不思議そうな声が覆った。ここにはただ飲みに来ただけのはずだが、彼も都のサポートをしている身だ。さすがに仕事の顔になっていた。
「どうしたの、藤吾さん」
「これ、弟さんから届いたものかと思ったら、違うんだね。宛名が弟さんになってる。ほら、梶谷洋司様って」
え? と都は不思議そうに首を傾げた。宛名が弟だということは、出す予定だったはず。それがなぜ、支倉の……つまり洋子の手元にあったのだろう。
「出さなかったってこと?」
「もしくは、宛先不明で戻ってきちゃった?」
「三年前……引っ越したにしても、こんなに仲の良さそうな姉弟が、住所を教えてないわけないんじゃないですか?」
「だが、彼から季節の挨拶が届いたことはないな。洋子が出していたのかも分からん」
三人の疑問に、支倉がさらにたたみかける。
「でも、少なくとも出そうとしてたってことだよね。ケンカでもしたのかなあ。お京さん、この住所確認できる?」
「少し待ってください」
カウンターの向こうで、京一郎の指先がキーの上を滑る。打鍵の音を聞きながら、春日野はモスコミュールを口にし、都はサンライズを呷る。
支倉は、居場所がなさそうにグラスを持ち上げ、そして下ろした。
「……京一郎は、お前の仕事を手伝っているのか?」
「ん? んー、手伝ってるっていうより、俺らがお京さんに力を借りてんの。たまにこういう事件にぶち当たるけど、いつもは平和なもんだからね。調べ物専門にやるわけにもいかなくてさ」
「お京ちゃんの情報は正確だしねえ。本当にいつも助かってるよ」
「おだてても割引したりしませんからね」
カウンターの向こうから睨まれて、春日野はあららと肩を竦める。都はその様子にふっと笑い、京一郎をじっと眺める支倉に気がついて、俯いた。
(やっぱ、そうなのかな。……そう、なのかな)
嫌な予感が当たりそうで、怖い。
考えないようにしようと思うのに、気になる対象がこんなに近くにいれば、どうしても考えてしまう。
もしかして、この二人は。
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