20 / 35
第三章
20:声を聞くだけで
しおりを挟む「あれ、……ん?」
そうして四枚目の紙をめくった時、ふと違和感を覚える。いや、既視感というのが正解だろうか。
「どうしました、ヤコ」
「ん、いや……この並び、どっかで」
紙に書かれた被害者の名前。
岩城孝、冴島健二、室伏充。
都はその四枚目をじっと眺めて、何度も読み返す。絞殺体なのは今回と同じ。凶器はここには書かれていないが、どうしてか気にかかる。
そしてハッとした。
都はカバンの中から今回の依頼ファイルを取り出し、プリントアウトした写真を確認する。
「あっ……た、これ」
それは手帳の数ページ。書かれた名前の一文字が、この三人の被害者と一致するのだ。
岩、冴、室。
どれも珍しい名前ではないが、これを偶然として片付けるのは難しい。彼女と繋がりがあったかもしれない男たちが、ここ一か月で次々に殺されているなんて。
「痴情のもつれですか……」
「金の流れがあったかもだしね。もしくは彼女に本気だったヤツが、他の相手をって感じ?」
だけど、とお京はプリントアウトした手帳の写真を指さして、訊ねた。
「金銭トラブルにしても恋愛感情にしても、犯人は誰ですか? この手帳に書いてある三人、もう死んでますよ」
都もはたと気がつく。手帳に書かれた名前は三つ。死んだ男も三人。手帳とその男たちが結びつくなら、彼女を含めて全員が死んでいる。この手帳に書かれている以外にも相手がいるならば、突き止めるのは難しい。
電話でのやりとりにしろ、メールにしろ、それはすでに警察が確認しているだろう。連続殺人という可能性がある以上、見逃しているはずもない。都はがっくりと肩を落とした。
「やっぱ難しいのかなー、本職じゃねーと」
「まぁまぁ、そうがっかりしなくても。逆に、ここに書かれていなかった相手が、もしかしたら本命だったのかもしれないですし」
「……え? なんで?」
きょとんと首を傾げる。なぜ本命と逢う予定が書かれていないのか。恋人だったのなら、それこそデートの予定など嬉しいものに決まっているのに。
「ただのウリの相手と、心から愛している人を、一緒に書きたいものですか? まあ、本命がいるのに他の男と――というのが、そもそも俺には理解できませんが……後は、そうですね、ここに書いたらまずい相手、とか」
お京も唸りながら可能性を音にしていく。
お京自身、バーで多くの客を相手にしてはいるが、それはあくまでも客とマスターというだけだ。たまに本気で言い寄ってくる相手もいるようだが、そこはきっちりと線を引いているらしい。
都は、瞬きひとつ。大事なことを忘れていた。
「そうだ……、彼女、好きな人がいたみたいなんだよね。その人とは結婚できないからって、ウチの依頼人と形だけの結婚してたんだ……」
「なら、その依頼人てことは……ああ、でもアリバイがあるんでしたっけ。ヤコの記憶が確かなら、ね」
「どういう意味?」
「ホテルから現場まで、どれくらいですか? 少し下世話な話をしますが、ベッドで気絶するまで貴方を抱いて、犯行時刻もベッドに一緒にいたと錯覚させるのは、簡単ですよ」
睡眠薬だとすぐにバレますけどね、とお京が付け加えてくる。
都は目を瞠った。
支倉がホテルを抜け出して、彼女を殺し、何食わぬ顔でホテルに戻り――あんなキスをして、彼女の素行調査を依頼してきたというのか。
「違う、絶対」
都は、お京の導き出した可能性を否定する。
確かに、可能性としては考えられた。あんなことをやっていた理由を聞く前に、衝動的に犯行に及び、真実を求めて依頼してきたということも、充分にあり得る。
都は彼のアリバイを証明したが、時刻は支倉の言ったものをそのまま信用しただけだ。
だけど、
「あの人じゃない。上杉さんから電話かかってきたとき、ホントに魂が抜けたんじゃないかっていうくらい放心してた。犯人なら、あんなふうにはならないよ」
だから絶対に違う、と続ける。お京の目をまっすぐ見つめると、彼は呆れたように目を伏せた。
「あなたがそこまで信用しているなら、いいですけど。俺はその相手について何も知らないから言っているだけで。すみません、ヤコ」
「え、あ、うん、別に、いいけど……お京さんは可能性を言ってくれただけだし」
「でも、その依頼人には心当たりないんですか? 彼女のお相手について」
「そこが面倒なとこでさ。あの人たち、結婚してたくせにね、相手のプライベートは何も知らないらしくて。まだ家族とかの方が知っ……」
あ、と気づく。そういえば彼女には弟がいると言っていた。姉の死はもう知らされているだろうが、話を聞ける状態なら、一度逢ってみたい。数年しか一緒にいなかった支倉よりは、よほど彼女ことを知っているだろう。恋愛遍歴などは期待していないが、彼女の人となりくらいは。
「お京さん、被害者の弟の住所とか、分かるかな」
「弟? 実家でないなら、少し時間がかかる思いますが……」
お願い、と都は胸の前で手を合わせる。お京はやれやれといったふうに肩を竦めた。
その時、聞き慣れた呼び出し音。都の携帯端末だ。
「あれ、誰だろ。あ、違うや仕事用方だ」
私用の端末を持ち上げて見るも、着信している様子はない。支給されている仕事用の方だ。
「えっ……なんで」
慌ててカバンを探り取り出すと、着信画面には支倉の名前が浮かんでいた。都は即座に通話をタップする。
「も、もしもし、どうかしたの?」
『いや、あれから思い出して、探してみたんだ。義弟……ああ、もう元だが、彼の住所とか』
「えっ、あるの!? 今ちょうど調べようとしてたとこなんだよね」
端末を通して、支倉の声が聞こえる。事件の進展に繋がりそうなことなのに、不謹慎にも都の心臓は別の意味で大きな音を立てた。
声を聞いただけで、こんなにも胸が熱いなんて。
(ほんと、落ちた後って速いんだよね、俺……)
「ちょっと待って、メモ……」
『写真も見つけたが、これもあった方がいいだろうか』
「え、あー、うん、そりゃ……顔分かる方が。あの、明日って」
明日逢えるかと訊ねかけて、明日も平日であることに気がつく。つまり仕事があるだろうことは、すぐに分かる。できれば早く知りたいが、可能なら昼休みにでも逢えないだろうか。
『今から逢えるか?』
「えっ、今!?」
都は驚いた。別れたとはいえ元妻が殺されて、心に傷を負っただろう依頼人に、無茶を言うわけにもいかないと思っていたのに、向こうから打ち消される。
そりゃあ情報は早い方がいいし、明日も朝から調査に出掛けることができる。
「あの、そっちが構わないなら……」
『今どこに?』
「いや、俺がそっちに」
「ヤコ、ここに来てもらったらどうですか? 調べ物するなら、俺がやりますから」
事態を察したのか、お京が小さく口を出してくる。
確かに、弟の住所が分かったとして、そこから何かを調べるとしたら、慣れているお京にやってもらうのがいちばん速い。
「いいの? ありがとう。あ、うんごめん、あのさ、新宿まで来られる? 住所言うから」
そうして都は支倉に店の住所を説明し、気をつけてと通話を切った。店自体はクローズになっているが入れるからと付け加えて。
「すぐに来るって。ゴメンねお京さん」
「いいですよ。俺も、ヤコを骨抜きにしたって人を見てみたかったですし」
「そっち目当て!?」
思わず声を上げた都に、お京は肩を震わせて笑う。からかって遊んでいるのだと分かっていても、釈然としなかった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
Label-less
秋野小窓
BL
『お兄ちゃん』でも『リーダー』でもない。ただ、まっさらな自分を見て、会いたいと言ってくれる人がいる。
事情があって実家に帰った主人公のたまき。ある日、散歩した先で森の中の洋館を見つける。そこで出会った男・鹿賀(かが)と、お茶を通じて交流するようになる。温かいお茶とお菓子に彩られた優しい時間は、たまきの心を癒していく。
※本編全年齢向けで執筆中です。→完結しました。
※関係の進展が非常にゆっくりです。大人なイチャイチャが読みたい方は、続編『Label-less 2』をお楽しみください。
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる