恋の音が聞こえたら

橘 華印

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第三章

18:調査開始

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 近くで弁当を買ってデスクに戻り、もぐもぐと唐揚げをみながら、撮っておいたあの手帳の画像を確認していく
「こいつは毎回金曜の夜か。土日休みの会社ってことかな。仕事帰りに買春ね。……腐ってんのか」
 金で性を買いたいのならば、プロのおねーさんにでも相手をしてもらえばいいのにと、都の眉間に深いしわが刻まれる。
 相手の男に、家庭はないのだろうかと考えると、不快さは増していった。

 過ぎた日々が頭をよぎる。母を放って、愛人のもとで過ごしていた父。その愛人に貢ぐ金をせびりに来るだけなら、まだマシだった。
 振り上げられる拳、腹を押しつぶしてくる膝、肌をえぐる爪。果ては目の前で母を犯していく欲の塊。
 ちゃんと暮らせるところに行こうと、手を差し出してくれた兄が、神様みたいに思えたあの頃。やっと自由を手に入れた母は、半年も経たずに病で逝った。

 抑制できない欲が、少なくとも一つの家庭を壊したのだ。もし家庭があるのなら、壊れる前にやめてほしい。心からそう願う。
 こう思えるようになったのも、この仕事について、ゆっくりとトラウマに慣れていったからこそだ。

 浮気調査なんて、と、事情を知る春日野は止めてくれたが、逃げていたくないと言ったのが効いたのか、最初はサポートからさせてもらった。徐々に仕事の量を増やし、初めてメインを任されたのが、今回の仕事だ。成功させたい。

 人の感情に触れて、怖がることから逃げたくない。ちゃんと人を好きになりたい。
 優しいからというだけで、甘えられる相手を探すのではなく、心の底から、好きな人に出逢いたい。

(好きな人、か……。被害者は、いたんだよな、好きな人。それでなんでウリなんかやってたんだろ……隠してんのは当然として、相手とはどの程度の距離なのか。逢いたいなんてメモよこすくらいだし、片想いってことはないはずなんだけどなあ)

 そして彼女も、それを人目に触れないように大切に持っていた。想い合っているのはそれだけでも分かるが、なぜ結婚に至らなかったのか。
 相手が妻帯者という可能性がいちばんにあって、その次くらいに距離的な問題。転勤だとか実家の都合で、近くにはいられなかった可能性もある。
 彼女自身も店を持っている以上、はいついていきます、とはいかなかったのだろう。

「どっから崩していこうかな」
 金の使途を探るにも、彼女の恋人から探りを入れるにしても、情報が足りない。調査対象が死んでしまった場合の調査方法なんて、聞いて回るくらいしかない。
 支倉から聞き出した彼女の情報を元に、自宅にでも向かってみようかと腰を上げた。


 しかし、自宅周辺で彼女のことを聞いてみても、売春の相手どころか、いい人の話さえなかった。
 マンションの自治会にはよく参加していたが、近所の人との付き合いはつかず離れず。それでも住人の中には、好んで彼女の店に通っていた人もいたようだ。
 みな一様に彼女の死を悼み、犯人が早く捕まればいいと願っている。お金に困っているような暮らしぶりでもなかったようで、いよいよ行き詰まってしまう。
「だーめだ、お手上げ」

 ただ、気になることはひとつある。

 彼女の売春に関係があるかどうかは分からないが、確認してみる価値はあると、都は夜の街へと繰り出した。

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