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第二章
15:お互いがアリバイの証言者
しおりを挟む「渋谷署の上杉です」
「同じく、三島です。突然のことで驚かれたでしょうが、少しお話を聞かせていただきたい」
「殺されたというのは……本当なんですか。本当に彼女だったんですか」
警察手帳を見せられ、支倉は名刺を差し出す。二人の刑事がそれを受け取るなり、支倉は言葉を詰まらせながらも訊ねた。
いちばん気になるのは、やはりそこだろう。現場を、遺体を見ていない以上、すぐには信じられない。
だが、彼女ではなかったのではないか、というほんの少しの期待は、三島刑事によって打ち消された。
「店の従業員に確認してもらいました。あ、現場は彼女の経営するカフェだったんですがね。出勤してきたスタッフが、片付けの済んでいない店内を不審に思って見てみたら、フロアに彼女の遺体があったと」
「店で!? え、じゃあ、昨日あの後……?」
「知ってるのか? 若いヤツらに結構人気だったらしいな」
遺体発見現場が昨日のあの店だと知って、都は驚愕の声を上げた。
知っている人が殺された上に、現場はつい昨日、足を運んだところだなんて。
そこは恋人だった男と別れた場所であり、名も知らぬまま肌を合わせることになった男と、出逢った場所だ。
「あ、うん、あそこのコーヒーソーダ好きで、よく行ってた。店長さん……ああ、彼女の名前も知ってたし、俺は客として話したこともある程度だけど」
「なるほど。それで、支倉氏の方は彼女とはどういうご関係で? 彼女のスマホ、最後の着歴と留守録が、あなただったんですが」
「妻だった女性です。一年前に離婚しましたが」
二人の刑事が、目を瞠ったのが都にも見て取れる。
離婚をマイナス方面に捉える人間は、少なくない。
だけど支倉の場合は、互いにマイナスの感情で別れたわけではないのが、その態度から感じられた。
「夫婦仲はよろしかった?」
「悪くはなかったと思います。別れてからも、友人として逢えるような間柄でした」
「そうですか……ちなみに昨日の夜はどちらに?」
形式的なもので皆さんに訊いていますがと、三島が付け加える。アリバイの確認というヤツだ。殺人事件である以上、少しでも関わりのある人物には確認しているのだろうが、あまり気分のいいものではない。
「昨夜は……」
支倉が初めて言いよどむ。上杉と三島の目線が鋭く反応したのを、都は見逃さなかった。
都は支倉の手に自分の手を重ね、ぎゅっと握り込んだ。彼が言いよどんだ理由が分かっているからだ。
支倉の、いいのかと確認するような視線がよこされる。確かに言いにくいことだろう。昨日現場にいた上に、被害者である彼女と言葉を交わし、その後、
「昨夜はホテルで俺とずっと一緒だった。あの店が閉店する間際だったから……二十三時ちょっと前。ホテルはパークサイドなんちゃら……なんだっけ。現場からはちょっと離れてるし、少なくとも俺は、三時まで覚えてる。六時過ぎに起きて、別れた。死亡推定時刻は何時?」
「一緒……ホテ――えっ、あっ、あのっ、えっ?」
「あー……まあ、一応ウラは取らせてもらおうか。疑ってるわけじゃねぇンだ、すまねーな。おい三島」
上杉は三島に目配せをして、すぐに確認するように指示を出す。彼は席を立ってそそくさと出ていってしまった。
「ウチの若いもんからかうなよ」
「いや本当にそういう意味で一緒だったの。俺の証言だけじゃ足りないっていうなら、やっぱりホテルに確認してもらうしかないけど」
「……死亡推定時刻は、昨夜零時から二時の間。証言が本当なら、お前さんと支倉氏には犯行は無理だな」
「捜査は難航しそうなの? 犯人の目星は?」
「民間人に話すわけねーだろうが」
「じゃあこっちの持ってる情報と引き換え? せめて現場の状況教えてよ」
都は口の端を上げて、ソファの背に体を預ける。支倉の意思次第だが、依頼を続行することになったら、情報はあって無駄なことはない。どの情報を必要とするかは、調査の上で取捨選択していけばいい。
「お前は慣れてるかもしれんが、支倉氏にはキツいだろう」
「いえ、可能なら聞いておきたい。何も分からないまま、突然犯人が逮捕されたというのを、ニュースで知る方が、納得がいかない」
上杉は支倉を気遣い視線をよこし、都はどうするとやはり視線で訴えかける。こればかりは本人がきめることだと、口は挟まないでおいたら、支倉は意外にも即答してくる。それを聞いて、上杉は大きなため息を吐いた。
「じゃあまあ、いずれニュースで流れるだろうがな、一応建前で言っとく。これは――」
「これは独り言だ」
上杉が続けた言葉と、都が予測して発した音が重なる。これまで何度か、情報をやりとりしてきた仲だ、彼のやり方は心得ている。本来話していいことではないのだから、こちらは聞き役に徹するものである。
そのお決まりの流れにも、上杉は釈然としないようだったが、ぽつりぽつりと、独り言を呟いてくれた。
「死亡推定時刻はさっきの通りだ。現場は彼女の経営するカフェ、ムーンライト。性的暴行の痕あり、死因は絞殺だ。凶器はまた……ああいやなんでもない。凶器はパンスト。恐らく彼女のものでも使ったんだろう」
性的暴行の痕、というところで支倉の体が強張る。
都もそこには驚いたけれど、引っかかるところは別にあった。だけどそこを今追求することはできない。
硬く強張った支倉の拳に自分の手のひらを重ね、状態を確認するのに意識の三割が向いてしまう。
いくら本人の希望とはいえ、こういった事件に接することの少ない民間人では、引き際が分からないだろう。心に傷を負ってしまうかもしれない。
これ以上は駄目だと判断したら、話の途中でも止めて、連れ出さなくてはいけない。
「そういう状況だからな、怨恨の線は薄いんだ。検死待ちだが、犯人の体液が残ってる可能性は高い。前科(まえ)がありゃあすぐとっ捕まるだろうな。ま、独り言はこれくらいだ」
上杉が、苦虫を噛みつしたような顔をする。何年刑事をやっていても事件てのは嫌なもんだと、以前愚痴をこぼしていたのを、都は思い出した。
そして、上杉と同じ思考で、早く事件が解決すればいいと願う。あまりにも理不尽な死に方をした彼女が、浮かばれない。そして、都の手のひらの下で硬く拳を握りしめている男もだ。
聞かせるべきではなかったかと思って支倉を見やるが、もう時間は戻せない。ピリピリとしたオーラが、彼を包んでいるようにさえ見えた。
「で? そっちの情報ってのはなんだ」
「あー……どこまで話せるかなこれ」
「なんだ今さら。こっちは聞かせてやったろうが」
上杉が、交換条件だったお返しを求めてくる。返すのは当然なのだが、都は躊躇いがちに口にする。
「支倉さんの許可がいるっていうか」
「あ? ……そういや、なんでここにいるんだ。許可ってのは、依頼絡みってことか」
「そう。依頼人のプライバシーってものが」
「俺は構わない。話されて困ることはないからな」
依頼内容は、たとえ警察からの要請でも、本人の許可がなければ話せない。だが、支倉は二人の会話を聞いて即座に許諾してくれた。
「そちらは要望を聞いてくれた。こちらも協力するのが筋だろう。だから早く犯人を捕まえてほしい」
「そりゃあもちろん、全力を挙げて」
上杉は力強く頷く。職務というよりも、感情論として、早く捕まえたいと思ってのことだろう。
そう考えたところで、都は支倉からの視線を感じて振り向いた。
「ん?」
「……手」
「えっ、あ、ああ、ごめん」
こぶしの上に置いていた手のひらを、いい加減に退かせということらしく、都は慌てて離す。
他に文句を言われなかったところを見るに、不快だったわけではなさそうだけど、ほんの少しがっかりしてしまった自分が、情けなくて仕方がなかった。
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