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第二章
13:知らない番号からの着信
しおりを挟む「では、書類を持ってきますね」
春日野はそう言って席を立ち、都の肩をぽんと叩いていく。
(バレてるよねー、これ……気をつけよ。こういうとこはスルドイんだよね)
規則のことを念押ししてきたあたり、心の奥底の期待と下心はきっと見抜かれていることだろう。都はバツが悪そうに春日野を視線で追った。
「……規則?」
それを不思議に思ったのか、支倉が少し声のトーンを落として訊ねてくる。ビジネス用の声から、緊張を解いた普段の声に切り替わった瞬間だった。
都も力を抜いて、依頼人の前とは思えないほど、大きく息を吐き、藤木の出してくれたコーヒーを手に取った。
「ああ、ウチの規則。依頼人には手を出すなっていう。好意にしても悪意にしても、依頼人への感情が入るとね、どうしても先入観てあるでしょ。依頼人に肩入れしちゃって、行きすぎた調査とかしちゃうときがあるんだって。だから駄目なの」
春日野のそういった方針には、共感できる。だからここで続けていられるし、彼の不利益になるようなことはしないでおこうと思いもする。
だから、と都はカップをソーサーに戻した。
「アンタのことは気に入ってるけど、依頼は私情入れずにやるから」
「……分かった、よろしく頼む」
春日野が契約の書類を持って戻ってくる。
契約書と堅苦しい名こそついているものの、住所と名前、連絡先、依頼の詳細、という問診票のようなものだった。
「後よろしく。僕は別件があるから」
「えっ、ちょ、藤吾さん!」
それを都に手渡して、春日野は応接室を出ていってしまう。別件と言っているが、どこまで本当か分からない。
メインを任せてもらった以上、特にいてもらう必要もないのだが、この高鳴ってしまう心臓を、どうやってごまかしておこうか、都は視線を泳がせることになる。
「あー、えっと。調査期間と、基本料金ね。後はかかった交通費とかそういうヤツ、実費」
支倉が書類を記入している間、都は発端となった手帳を手に取ってぱらりとめくる。
相手の連絡先でもないかと思ったが、そういうものなら携帯端末の方だろう。
しかしこんなにすぐバレそうなスケジュールを書いて、無防備に持ち歩くというのも不思議な話だ。ロックのかかるデジタル端末の方が都合がいいのではないだろうか。
だが、これといって決め手になりそうなメモも挟まれていない。支倉に許可を取って、写真に収めさせてもらおうと思ったその時、右手に違和感を覚えた。
両手で持った時、右の表紙、つまり裏表紙に当たるのだが、硬いのだ。
もちろん使ってある紙の質や開き癖、使い込みの程度でも変わってくるだろう。だけど都にはそれがどうしても気になって、裏表紙を確認してみる。
ビニールカバーとの間に、何かが挟まれているということはない。表紙と裏表紙とで、素材が違うこともない。だけど、わずかに硬い。
ビニールのカバーを外すと、表紙に一枚紙を重ね、指の当たる部分だけのり付けのある、見返し加工が施してあることに気がついた。裏表紙だけでなく表の方もだ。元からそういういう仕様なのだろう。
もしかしてと思い、のり付けされていない部分に、そっと指を差し入れ開いてみる。
「あ」
指先に違和感。何かある、と引っ張り出してみると、丁寧に折りたたまれた小さなメモ。これの分、裏表紙だけ硬かったようだ。
「なんだ?」
「人目に触れないように、こんなとこ入れてたんなら、相当大事なもんなんじゃないの」
都はそのメモを開いていく。相手の連絡先か、金銭の流れか、詳しく書かれていないかと少し期待してみたが、そこには、一言だけ。
【逢いたい】
ただそれだけ、ボールペンで書いてあるのみだった。
「……恋人? 心当たりない?」
書類を書き終わった支倉に向けてみせる。
恋人かもと思ったのは、手帳に使われている彼女の文字ではないのと、何より簡潔で分かりやすいその言葉。さらに、隠さなければいけない相手だということ。
誰に対して隠さなければいけなかったのかと考えれば、婚姻を結んでいた支倉に対してかもしれない。事情はどうあれ、二人は夫婦だったのだ。
「いや……結婚してた時も、お互い自由恋愛でと言っていたし……彼女とプライベートで付き合っていた男は、分からない」
「アンタに隠したい相手じゃなかったってことは、世間的にってことかな。相手が妻帯者だったり? これ持ってたとこ見ると、彼女の方もまんざらでもないみたいだし、不倫関係があったのかも」
「そうかもな。好きな相手とは結婚できないらしいし。ただ……そんな相手がいるのに、どうして」
どうしてこんなことを、と嘆いたその時、携帯端末のコールが鳴った。このシンプルな音は、都のものではない。支倉はポケットから端末を取り出して、眉を寄せた。
「……たぶん、彼女からだ」
「えっ、マジで!?」
「知らない番号だが、そもそも俺のナンバーを知っている相手は少ない。……出てもいいだろうか?」
「え、あ、うん。彼女だったらできるだけ普通に話してて」
何らかの事情で、他の端末からかけてきたのかもしれない。そうまでしてかけてきたのなら、重要な用件があるはずだ。
手帳のことが知られてしまったのかとも思うが、昨日の今日で、しかも先ほどまで都の手元にあった。バレる可能性は低い。
だから支倉には、いつも通り接してほしいとだけ、アドバイスをした。ここで彼女に感づかれてしまえば、警戒されてしまう。
――そう思ったのだが。
ゴトリ。
突然聞こえた鈍い音に、都は顔を上げた。その視線の先には、目を見開いて硬直している支倉の姿。
「支倉さん?」
その手から落ちた端末が音を立てたようだったが、ただならぬ事態を察知して、都は腰を上げた。
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