恋の音が聞こえたら

橘 華印

文字の大きさ
上 下
8 / 35
第一章

08:未練すら抱き潰して

しおりを挟む


「あっ、あ、あ、……やあ……っ」
 立てた膝が揺れる。体中の熱がそこに集中していくのが分かって、都はいやだと首を振った。この行為に慣れていないわけではない。浅ましい自分を目の当たりにするようで、羞恥がよみがえる。
「あう、ん……っあ、あぁ」
 だが男の手に根元からしごき上げられ、緩急のついた快楽の波が押し寄せてくる。それに合わせるように腰が浮き上がり、沈むたびにベッドが音を立てた。
「あ、やっ……!」
 胸を離れた男の指先が、二つの珠の奥のくぼみをつつく。都がのけぞるのと同じタイミングで、その指が深く入り込んできた。それは押し広げるように突き進み、引き抜かれて二本に増えた。バラバラに動かされる指に都は息を呑み、


「や、だめ……っ、正広さんっ……!」


 男の指がそこを撫でた瞬間、思わず声を上げていた。前を、後ろを同時に責め立てていた男の指先が、一瞬置いてピタリと止まる。

 それに気がついて、都は自分が何を口走ったのか自覚し、慌てて口を押さえた。今確かに、正広、と叫んでしまった。
 気まずい思いを抑えて恐る恐る男を見上げると、当然ながら不快そうに眉を寄せている。

「……別れた男か」
「ご、ごめ……」

 低く囁く声には、呆れと怒りが含まれているように思えた。当然だ。ベッドの上でコトに及んでいるというのに、別れた男の名前を呼ぶなんて、マナー違反だ。誰だって気分が悪いはず。
「ふ……ん、未練がましいな。マサヒロとやらの抱き方に似ていたか?」
「やっ……に、似てないよッ……こんな意地悪、しなかっ……ぁあっ!」
 ずぐりと二本の指がギリギリまで埋められる。男の怒りに、都は無意識に抵抗した。
「だいたい、アンタが……名前も、教えないからっ……」
 責任を八つ当たり気味に転嫁して、未練と言われた事実を否定する。名も知らない他人に言われるのが、腹立たしかった。
「自分の未練を俺のせいにするな」
「あ、や、ちょっと……待っ……!」

 突然指が引き抜かれたかと思ったら、両足を大きく押し広げられ、まだほぐし切れていないそこに、勃ちきった雄を突き立てられた。

「い……っ」
 まだ受け入れる体制が整いきっていないというのに、男は構わず腰を押し進めてくる。
「待っ、てって……言って、……ん、のにっ……」
 都の顔が、苦痛に歪む。
「ん、ん……ぅあ……っふ」
 突き進んでくる男の質量にのけぞり、胸を上下させ呼吸を繰り返し、少しでも楽になるようにと努力はしてみた。
「ベッドの中で他の男の名前を呼ぶような馬鹿に、優しくできると思うのか?」
 それは全面的に申し訳ないと思うものの、痛みはありがたくない。
「いっ……あ、ん……っんん」
 男の脚が、都の尻に当たる。間を置かずに開始された緩やかな抜き差しに、萎えかけていた欲情が舞い戻ってくる。痛みさえも快楽に変わってしまう頃には、都は我を忘れて男にしがみついていた。

「あ、あっ、や……待ってこんな……奥、おく……やあっ……」

 右脚を抱え上げられ、ずっと奥まで男を感じる。
 その質量と、体験したことのない位置とが、都の昂ぶりをさらに高めていく。
 肌のぶつかる音とベッドの軋む音、呼吸と一緒に喘ぐ声、時折詰まるような男の吐息。
 それら全部が、バラバラでありつつも、重なって室内に響き渡った。

「あっあっ、んん、ん、うぅ……――」
 やがて、こらえきれずに勃ちきった己に手を伸ばすと、男はそれを阻止するように手を搦め捕ってくる。達せない苦痛を、睨みつける視線で抗議してみたが、気にも留めない唇で呼吸を奪われた。
 食われてしまうのではないかと思うほど、強くて深い口づけに、都の心臓がドクドクと音を立てる。
 喘ぎ過ぎて痛む喉を、混ざった唾液が通り過ぎた。

「楽にイけると思うなと……言ったはずだがな?」

「……性格、悪ィ……」
 顔は好みなのにと付け加えてやると、男はふっと口元を緩めてもう一度キスしてきた。押しつけるだけ押しつけて、ゆっくりと腰を引く。
 ぞくぞくとせり上がってくる快感に、都はぐんとのけぞった。
「あ……っ、……あ、あ、あっ」
 快楽が恐ろしいのか、逃げてずり上がる都の腰を抱え込み、男は強く引き寄せる。都はいやいやと首を振るが、男の責め立ては容赦なかった。
「やだっ、や……はあっ……ぁん、ああっ……」
 体が揺さぶられて心許なく、しがみついた肩に思わず爪を立ててしまったらしい。ずんと突き上げられて悲鳴を上げる。

 待ってほしいと懇願したのに、男は面白そうに囁いてきた。

「イきたいか……?」

 わざと抜き差しする速度を緩めてまで、朦朧としていた都の意識を引き戻してくる。その策略にハマッてしまった都は涙目で見上げるが、雄を締め付ける指が緩むことはなかった。
「う……っんん、ん……」
「イかせてほしいと言うくらい、お前の生意気な口でもできるだろう」
「なっ……」
 涙で歪む視界に、笑う男の口元が映る。
「ほら……」
「あぅっ……」
 とん、と軽く突かれて、都は背をしならせて声を上げた。 
「ず、ずる……い、こんなのっ……」 
 こんな状況では、都の方が圧倒的に不利だ。

 とろとろにとろかされた意識と唇。熱に酔う男の吐息と、耳元の湿った声。汗で額に張り付いた黒髪と、しっとり濡れた素肌が、サイドスタンドの灯りに浮かび上がる。

「んっ……」
 促すように、濡れた指で唇を撫でられた。それは都の情欲を煽って、唇を開かせるのに充分だ。

「いか、いかせて……お願い、イかせ……て、もう、なんでも、いい、からぁっ……」

「――いい子だ」

「やっ、あ、あっあっ……」
 解放をせき止めていた男の手が、濡れた音をまとって都をしごき上げ、その音に呼応するように男のものが都の中をえぐる。
「い、……っい、いい、あ……っ、そこ、やだ、いや、ああ……っん」
 喘ぐ唇を撫で上げ、それを追うように舌が追う。
 それをキスに変えたのは、男の方だったか、それとも都の方だったか。
「んんっ、んっ……ん、ん……」
 恋人同士みたいに情熱的に深く口づけ合い、都は息を詰めて達する。時をほぼ同じくして、男の体液が都の中に吐き出された。
「……っぷは、はあっ、はあっ、はぁ……ん、は……ッ」
 苦しい、と男の体を押しやる。あまり力を要さなかったのは、相手の方も力が抜けていたせいだろう。荒い呼吸のせいで、胸から腰にかけてが激しく上下した。

(しぬ、かと、思った……)

 疲労感がものすごい。呼吸は整ってきたが、今は起き上がることはおろか、腕を上げることさえ億劫だ。
「……死ぬほど良かったのか?」
 同じく呼吸の整ったらしい男が呟いた言葉に、都は目を瞠った。心で唱えただけだと思っていたのに、
「え、俺……声に出して、た……って、ちょ……」
 どうやら素直にも声に出していたらしく、男は満足そうに笑っていた。吐息がかかるほど近くにいるせいで、鼓動が速い。
「なんで、またっ……」
 だけど自分の鼓動より、また中で硬さを取り戻してきた男のものが気にかかった。先ほど達したばかりだというのに、なぜそんなにも回復が早いのか。
「お前の期待に応えてやっているんだろう」
「い、いらなっ……、あ……!」
 息もつけないようなあんな激しい行為、立て続けにできるものか。
 そう言って押しやりたかったのだが、その手も搦め捕られ、いちばん感じたところを擦り上げられ、結局は快楽に負けることになってしまうのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

恋人が出て行った

すずかけあおい
BL
同棲している恋人が書き置きを残して出て行った?話です。 ハッピーエンドです。 〔攻め〕素史(もとし)25歳 〔受け〕千温(ちはる)24歳

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Label-less

秋野小窓
BL
『お兄ちゃん』でも『リーダー』でもない。ただ、まっさらな自分を見て、会いたいと言ってくれる人がいる。 事情があって実家に帰った主人公のたまき。ある日、散歩した先で森の中の洋館を見つける。そこで出会った男・鹿賀(かが)と、お茶を通じて交流するようになる。温かいお茶とお菓子に彩られた優しい時間は、たまきの心を癒していく。 ※本編全年齢向けで執筆中です。→完結しました。 ※関係の進展が非常にゆっくりです。大人なイチャイチャが読みたい方は、続編『Label-less 2』をお楽しみください。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

処理中です...