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第四章
34:やさしいキスをして
しおりを挟む両頬を包まれて、心臓がうるさく騒ぎ立てる。被さってきた唇の感触には、まだ慣れていない。
触れたと思ったすぐ後に軽く食まれ、ピクリと肩が揺れた。
「んっ……ふぁ」
唇の中に割り入ってきた舌に驚いて身を引きたかったけれど、ベッドに横たえられた状態では何をどうをもできないでいる。
「ん、ん、ん……っ」
吸われ、舌が絡む。ぬらりとした感触に腰が疼いて、恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。息を上手くできなくて、アレクにしがみついてシャツに皺を作ってしまった。唇の間に隙間がなくなって、逃げるようにのけぞっても、追ってこられる。
腰紐を緩められる感覚はまだ認識ができて、つま先でシーツを掻いた。
「随分と初々しい反応をするんだな、マリィシャ」
逃げるなとでも言いたげに、口を解放したアレクがそう囁いてくる。マリィシャはようやっと息をしたかのように熱く空気を揺らし、震える指先で自身のカシュクールを掴んで言った。
「あ、ご、ごめ……ん、あの、俺、何か、おかし、い? あの、どうやったらいいか分かんなくて、初めてだし……」
面倒だと思われただろうか。こういう時、いったい何をしたらいいのか本当に分からない。マリィシャは不安になって訊ねてみる。
「………………なんだと?」
そうしたら、アレクがすうっと目を細めた。やっぱり何かおかしかったのだと身を竦めた。
「……初めて、……なのか?」
「え、あ、うん……? 俺、キスしたのもアレクが初めてだったし……え、待ってそういうこと!? 俺こんなことしながら今まで旅してきたわけじゃないんだけど!?」
アレクが何に驚いているのか分かった。
マリィシャは踊り子として旅をしてきた。世間一般の認識として、体を売って路銀にする旅芸人はたくさんいる。アレクがそう認識していることに、文句を言うつもりはない。
「あぁ……だからアレク、逢ったばっかの頃あんなだったのか……愛してやってもいいとか。俺のこと娼婦扱いしてたよな」
呆れ果てるやら悲しいやらで、どんな顔をしたらいいのか分からない。だがマリィシャよりもっと、どんな顔をしたら好いのか分からないという様子の男がいた。
「すまない、ずっと誤解をしていた。お前ほどの容姿なら、その、男どもが放っておくわけないと思ったんだが」
「連れ込みたがるヤツは大勢いたよ、おかげさまでね。でも……俺、本当にそういうことしたことない。いつか大好きな人とって母さんも言ってたし、このリュースに誓って本当のことだ」
言いながら、手を持ち上げて甲に埋まった青いリュースを眺める。誰かと肌を合わせるのは、宝石を生むのにも有効な手段ではあった。リュトスとしての証しを立てるために石を生みたいだけならば、誰に体を許したって咎められることもない。できそこないと言われるのが嫌なのであれば、どんな手段を使っても生んでみせればよかっただけだ。
「……勇気も、なくて」
だけどどうしてもできなくて、ずっと逃げ回ってきた。マリィシャがそう続けると、掲げた左手の平にアレクの唇が当たる。
「そんな勇気は出さなくていい」
そうして手を裏返し、マリィシャのリュースに口づけてきた。指先がそわついて、腰が僅かに浮いた。
「お前を傷つけておきながら、お前に触れる最初の男だということを幸福に思う。どうしようもない男ですまない、マリィシャ」
アレクの青い瞳が、まっすぐに見下ろしてくる。大切そうに左手を包み込み、囁いていきた。
「こんな私にでも、愛されてくれるか?」
「…………もういっかい、やさしくキスして」
アレクの唇を指先でなぞり、ねだる。
仕切り直しとでも言いたげに、アレクは眼鏡の位置を直してゆっくりと唇を覆ってくる。マリィシャは素直にそれを受け入れた。
今までのどのキスよりも、アレクの唇の感触を味わわせてくれる。押しつけて、離れて、触れて、下唇を食み口角を吸い上げられる。
「んっ……」
かかった吐息に誘われて薄く唇を開けば、するりと舌先が入り込んできた。それでもその舌が性急にうごめくことはなく、上顎を撫で、舌を押し上げてはゆっくりと舐る。ちゅ、ぴちゃ、と体の中で響く音に、マリィシャは胸を高鳴らせた。
「は、……ぁ、はぁ……っん、んん」
段々と深くなる。徐々に吸い上げが強くなる。
体の奥の方で疼く熱に煽られて、マリィシャは指を震わせながらもアレクのタイを弄って緩めた。それに気がついて、アレクは宥めるように唇を舐めてくれる。
「……いいか?」
「ん……して、アレク……」
言い終わるか終わらないかのうちに、アレクの唇が首筋を吸う。はだけさせられた胸元に手のひらが滑る。ドキンドキンと騒がしい心音は絶対気がつかれているけれど、それさえも嬉しく感じてしまう。
指先で胸の突起をつままれて、「あ」と声を上げる。身をよじって逃れようとしても、抱き込まれて閉じ込められてしまった。
「やっ……アレク、やだ」
シーツの上で、銀の髪がゆらゆらと踊る。指先で、唇で、舌で、吐息で素肌を愛撫されて、マリィシャは知らない感覚に身を震わせた。
「ア、アレクっ……」
緩んでいた腰紐が解かれ、しゅるりと引き抜かれる音が耳について、顔が真っ赤になっていることを自覚する。
カシュクールを剥ぎ取られた体は、もう隠せる物が何もない。アレクには風呂場で全裸を見られたことだってあるというのに、状況が状況だ。恥ずかしさがまるで違った。
「やっ……それ、やだ」
くにくにと胸の粒をこね回されて、マリィシャはシーツを握り締めてふるふると首を振った。むずがゆい感覚がそこから広がっていくようで、とても落ち着かない。それでもアレクは、指の腹で撫で、つまみ上げ、はじく。
「アレク、やだって……あ」
「少し触っただけでこんなに硬くしておいて……そんなものが通用すると思うなよ」
「は……ず、かし、い……っ」
「恥ずかしがるお前も可愛いな」
「やぁっ……あ」
ほんの少しの愛撫でこんなに反応してしまうなんて、恥ずかしくて仕方がない。これが普通なのかどうかも、初めてのマリィシャには分からないのに。
そんなマリィシャに気づいていないのか、それともわざとなのか、アレクの指先は執拗にそこを攻め立てる。
「これも……宝石のようだな。いい色をしている」
「ひゃ……ああっん」
片方を口に含まれて、マリィシャはのけぞった。それで余計に胸が突き出され、ねだるような形になってしまう。舌の上で転がされ、指先とは違う感触にマリィシャの官能が刺激された。
片方が爪の先ではじかれたと思ったら、もう片方がほぼ同時にねっとりとした舌に包まれる。違う種類の刺激に、声を抑える余裕などなくなった。
「あ、あ、だめっ……やだ」
ふるふると首を振るたびに長い髪がシーツの上で揺れる。背中の髪が肌をくすぐる感触が、マリィシャを余計に敏感にさせていた。
「…………そんなに、私に触れられるのは嫌か?」
ふっと刺激が途切れて、マリィシャははっと目を開けた。そこには困ったような顔をしたアレクがいた。唾液で濡れた唇は扇情的で、胸を高鳴らせる。マリィシャはふっと目を背け、ぼそりと呟いた。
「だって……なんか変なとこ見せそうで、やだ……気持ちよくて、わけ分かんない。だ、抱かれるってみんな、こんなふうに、なんの……」
自分がどうなってしまうのか分からないということもあるが、もし浅ましさに、いやらしさに呆れられてしまったらどうしたらいいのか。触れられる箇所すべてが熱くて、くすぐったくて、嬉しいだけなのに。
「何もおかしなところなどないが? 私の手でお前が乱れていく様を目の当たりに出来るのは、気分がいい。妙な心配をせずに抱かれていろ」
あやすようなキスが降ってくる。アレクがそう言うならいいかなと、ふっと力を抜いた。そんな油断を見逃すはずもない指先が、艶を増した乳首をつまみ上げる。
「あ、あんっ……やぁ」
だけどマリィシャは、素直にそれを受け入れる。溺れてしまわないようにシーツを握りしめていた指は解かれて、もどかしげに吐息を掴むような仕種を見せた。
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